ペロブスカイト太陽電池・洋上風力…エネルギー政策、産業一体で実現へ
脱炭素の潮流が「日本のエネルギー自給率向上」というテーマを一層、差し迫ったものにしている。化石燃料の利用を減らす脱炭素は、海外からの燃料依存度を下げる点で日本のエネルギー安全保障を高める取り組みでもある。デジタル変革(DX)に伴う需要増加への対応もあり、エネルギー政策には産業政策とのより密接な一体性といった変化が求められる。半世紀を経て、サンシャイン計画の理想を実現するタイミングが到来している。(編集委員・政年佐貴恵、同・松木喬、永原尚大)
市場創出、重点領域に投資
「強靱(きょうじん)なエネルギー需給構造への転換を着実に進めることが日本にとって極めて重要。そのためにクリーンエネルギー中心の産業構造・社会構造への転換が重要だ」。6月に閣議決定した「2024年版エネルギー白書」では脱炭素社会移行への危機感が強調された。1973年度に9・2%だった日本のエネルギー自給率は2022年度時点でも12・6%にとどまる。
加えて、昨今はロシアによるウクライナ侵攻などで国際情勢が変化。海外からのエネルギー安定調達に対するリスクも増す。原油価格の高騰などで、23年の化石エネルギー輸入金額は20年比約2・4倍の27兆3000億円に膨れた。経済産業省・資源エネルギー庁の村瀬佳史長官は「稼いでも稼いでもエネルギー資源確保のために国富が流出してしまっている構造は早急に変えていかねばならない」と危機感を示す。
論点は二つ。エネルギー安全保障に資するエネルギー自給率の向上と、脱炭素エネルギーによる新たな産業の育成による好循環だ。そこで政府は今後の市場創出が見込める重点領域を定め、集中投資する方針を打ち出した。2兆8000億円規模のグリーンイノベーション基金を組成。薄型で曲げられるペロブスカイト太陽電池や、洋上風力発電などを対象に、最長10年間、技術開発から社会実装までを支援する。村瀬長官は「再び再生可能エネルギーで世界をリードしていく」と意気込む。
このほか水素や二酸化炭素(CO2)の回収・貯留(CCS)などの次世代エネルギー分野も支援。例えば水素では今後10年間に3兆円を投じる計画だ。これらの領域でサプライチェーン(供給網)も育成し、エネルギー安定供給力と同時に産業としての競争力強化も図る。三菱総合研究所の志田龍亮主席研究員は「脱炭素が進むとエネルギー自給率は高められる」と話す。
ただ「(海外が主力メーカーである)太陽光パネルや蓄電池などの供給が止められれば安保面ではリスクだ」と指摘。「国内の資源循環に目を向けるべきではないか」とし、資源などの海外流出を防ぐ優遇策などを講じる必要があると語る。
現在、第7次エネルギー基本計画の策定に向け議論が進む。政府が年内の策定を目指す、40年に向けたグリーン・トランスフォーメーション(GX)戦略との一体検討が特徴だ。エネルギーと産業の双方で競争力を高める政策が期待される。
インタビュー 次世代太陽電池に重点、技術・ビジネス両方で勝つ 資源エネルギー庁長官・村瀬佳史氏
資源エネルギー庁の村瀬佳史長官に今後のエネルギー政策を聞いた。
―1973年の第1次オイルショック以降、石油依存からの脱却を進めてきました。
「大胆な省エネルギー化や再生エネ、原子力といった新たな電力源の確保に取り組んだ。天然ガスをマイナス162度Cに冷やして専用船で運ぶ液化天然ガス(LNG)の革命的なビジネスモデルも日本が実現した。太陽光発電で世界をリードした時期もあった。これまでの経済発展と生活の安定は、50年にわたる多様化に向けたエネルギー政策が一定の効果を生んだ成果だろう」
―太陽光では中国に逆転されました。
「シリコンの安定調達や生産体制の構築で後れを取ったことは否めない。技術で勝ってビジネスで負けたことが反省だ。ペロブスカイト太陽電池では技術で勝ちビジネスでも勝つ。攻める時は規模感とスピード感で世界に劣後しないチャレンジが必要だ。洋上風力も含め重点分野を定め集中投資していく」
―脱炭素電源の供給拡大が一層重要です。
「国産エネルギー源の確保が重要だ。再生エネの最大限の導入など脱炭素電源の活用に向けた取り組みをさらに加速したい。一方、今後想定される需要増加には、火力を最大限クリーンに活用して(脱炭素への)移行期を乗り越えることも現実問題として必要だ」
―原子力発電についての考えは。
「安全を大前提に、しっかり活用していく必要がある。原発の運転期間が40年から60年に延びても、2040年代には運転期限を迎える原発が増加し供給力が低下する。建設に要する期間を考えると、20年代半ばの今、しっかりと方向性を見定めることは極めて重要な論点だ」
―第7次エネルギー基本計画に向けた議論の焦点は。
「産業政策とエネルギー政策の一体化の重要性が増している。供給側を中心に考えてきたこれまでの発想からの転換が必要だ。電力だけではなく熱や水素を含め、需要側となる産業や国民生活で、いつどれだけのエネルギーが求められているかを起点としたい。オイルショックから半世紀、今こそエネルギーシステムを再構築するタイミングだ」
長期研究計画に俯瞰力、「新たな価値」で脱コスト競争 東京大学先端科学技術研究センター教授・橋本道雄氏
東京大学先端科学技術研究センターの橋本道雄教授(元新エネルギー・産業技術総合開発機構〈NEDO〉新エネルギー部長)にサンシャイン計画の評価や成果について聞いた。
―サンシャイン計画との関わりを教えて下さい。
「旧通商産業省の入省2年目の1990年、サンシャイン計画の担当になった。ムーンライト計画との統合前に携わった最後の代だ。当時、再生可能エネルギーは海の物とも山の物ともつかぬ感じだったが、みんなでやり遂げようという雰囲気だった」
―サンシャイン計画をどう評価しますか。
「当初から太陽光や地熱、水素、風力などを研究テーマとしてリストアップしており、半世紀も通用する研究計画だった。将来を見て長期計画を立て、大規模な研究投資ができた。技術の俯瞰(ふかん)力がすごかった。そして選んだ技術を育て続けた」
―具体的な成果は。
「分かりやすいのが太陽光発電だろう。実用的な技術に仕上げ、コストを下げ、実装させた。他に風力発電事業向けに日本全国の風況情報を提供し、地熱発電の調査データも残した。発電設備の開発以外に事業環境を整えた意義も大きい。また、工業技術院(現産業技術総合研究所)の研究者が産学官の触媒として活躍してくれた。国と企業、大学が理解し合えなければ、うまくいかなかった」
―よく指摘されますが、日本の太陽電池メーカーはビジネスで苦戦しました。
「社会に広げていく段階での政策が、少しうまくいかなかったのでは。コストが下がると市場導入が進むという考え方は正しい。だが、現在は再生エネ導入が待ったなしの状況。どの政策も万能ではないが、時代によっては強制的にも市場につくるやり方もある。私としての反省だ」
―今後のエネルギー研究開発に必要なことは。
「新たな価値だろう。エネルギーは安価な供給が前提だが、コスト競争だけになると、せっかく研究して開発した企業が報われない。『再生エネなら高く買う』など、新たな価値があれば『キロワット時いくら』だけの評価から抜け出せ、研究開発の出口になる」