高付加価値電池で攻勢かける、TDKの稼ぐ力の高め方
中小型の電池を稼ぎ頭とするTDK。スマートフォンをはじめとした電子機器の小型・薄型化の潮流を受け、付加価値を高めた電池の開発にまい進する。2026年度までの電池・電源事業の年平均成長率(CAGR)を2―3%と見込み、24年度からの3年間で設備投資に3200億円を投じる計画だ。新しい中期経営計画が始動し、既存事業との相乗効果を狙った新事業の創出にも乗り出している。(阿部未沙子)
【注目】ICT・スマホ向けに重点
「情報通信技術(ICT)市場向けの小型二次電池で、業界内のナンバー1ポジションをしっかりと確保する」―。5月に開催した新中期経営計画発表会で、斎藤昇社長はこう力強く述べた。
24年度を初年度とする中計3年間の設備投資額は全体で7000億円を計画。このうち3200億円を電池を含むエナジー応用製品事業に充てる。中でもスマホやパソコン(PC)など向けの小型二次電池に重点的に配分する方針だ。
ただ、人工知能(AI)を端末に搭載するAIスマホの登場といった買い替え需要を喚起する動きはあるものの、小型二次電池の搭載先となる最終製品の市場は成熟しつつある。米調査会社のIDCによると、24年のスマホの世界出荷台数は23年比2・8%増の12億台と微増を想定する。
そこで、TDKは小型二次電池の高付加価値化に重きを置く。斎藤社長は「純粋な増産という意味での投資の比率は小さくなる見込みだが、新製品への投資は継続する」と方向性を示す。
例えば、負極材料にシリコンを用いた電池が新製品の一つ。体積当たりのエネルギー密度を向上することで容量を増やし、小型化にもつなげて付加価値を高める。既に折り畳めるスマホに採用実績がある。
小型二次電池は、TDKが05年に買収したアンプレックステクノロジー(ATL)が手がける。主な生産拠点は中国だが、地政学リスクを勘案し、インドでも生産中。インド市場での需要拡大を見込み、インド・ハリヤナ州の新工場では25年に生産を始める予定だ。
小型二次電池の性能向上を目指し投資を続ける一方、TDKは中型二次電池も成長事業に位置付ける。中型二次電池はエネルギー蓄電システムのほか、電動工具や電動2輪、そして飛行ロボット(ドローン)をはじめとした産業機器向け。斎藤社長は「中型二次電池も、これからポジションを築く」と強調した。
さらに、新たな電池として期待が高まるのは全固体電池だ。TDKは、17年に小型全固体電池「セラチャージ」を開発したと発表しており、今後の進化に注目が集まる。小型、中型二次電池を含めた多様な電池をそろえることで、稼ぐ力を高めていく。
【展開】エッジAI活用、新事業確立
TDKはデジタル変革(DX)やエネルギー・トランスフォーメーション(EX)の潮流に対応した新事業の創出も目指している。
カギとなるのがソフトウエア技術だ。ソフトウエアに注目した理由を斎藤社長は「社会のDXが進みデータ量が増え続ける中、当社のセンサー事業の価値をさらに上げることができるため」と語る。特に、端末側でAIを動かす「エッジAI」を用いた新事業の確立を狙う。
総務省の23年版情報通信白書によると、21年度の国内エッジAI分野の製品・サービス市場における売上高は76億6000万円。26年度には、431億円規模まで拡大する見通しだ。
エッジAIの需要拡大が見込まれる中、TDKは米ベンチャーのQeexo(キークソ、カリフォルニア州)を23年に買収した。キークソの技術を用いることで専門的な知識がなくてもエッジAIの設計ができるという。
具体的には、キークソの技術とTDKのセンサーを組み合わせ、機械や設備の故障を未然に防ぐ予知保全向けサービスの展開を想定する。24年度の事業化を目指す。
社会全体でDXが進む中、トラフィック(送受信データ)量が増えている。TDKはエッジAIを通じて電力消費の抑制にも貢献する。「社会課題を解決する一助となりたい」(斎藤社長)と話す。
また、拡張現実(AR)体験ができるスマートグラスに関連した新事業の立ち上げも視野に入れる。スマートグラスに映像を映すのに必要なレーザーモジュールをTDKは手がけている。
従来、3色のレーザー素子からの光をレンズとミラーに反射させて映像を表示していたが、モジュールの部品点数の多さやサイズが大きくなることが課題だった。TDKは新たな技術を採用し、体積を10分の1程度に抑えた。
TDKのレーザーモジュールは、QDレーザ(川崎市川崎区)と共同開発した、レーザー網膜直接投影型のスマートグラスに試験的に搭載した。斎藤社長は「ARグラスの需要は現状小さいものの、長期で見ると今後大きく伸びていく」と将来を見据える。
また、19年にはベンチャーキャピタル(VC)の米TDKベンチャーズ(カリフォルニア州)を設立。医療や産業、次世代素材分野などの企業に投資してきた。CVC活動を通じて、TDKの現有事業との相乗効果を生み出せる分野の探索も精力的に行い、将来の成長に向けた種をまく。
【論点】社長・斎藤昇氏「電動車普及に合わせ投資」
―24年度の景況感をどう見ますか。
「一言で表すならば不透明と言えるだろう。前期と比べると底を打ちつつあるが、V字回復するまではいかないと見ている。例えば、スマホは23年度に比べれば伸びるものの(伸び幅は)小さいだろう。また、自動車は全体的には底を打ったとみている」
―新中計を発表しました。
「長期で持続的に企業価値を向上するため、10年後のありたい姿を固めた上で、バックキャスティングして中計を策定した。長期ビジョンという形で中計を策定したのは、ある意味で初めてだ。短期の視点を軽視するわけではないが(長期を見据えることは)ステークホルダー(利害関係者)にとって信頼に値するのではないか」
―新中計期間から事業ポートフォリオ管理を一段と強化します。 「(投下資本利益率〈ROIC〉と事業将来性で先手のポートフォリオ管理をする)事業ポートフォリオマネジメントを行うのは、成長戦略を実行するためだ。各事業部門で重要業績評価指標(KPI)を共有して事業の成長を促す。人材育成にもつながるだろう」
―電動車(xEV)への期待は。
「電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)といったxEVが伸びるだろう。電子部品の搭載個数はエンジン車と比べると増える見通しだ。xEVの普及に合わせ、設備投資などを適宜行う考えだ」
―3年間で受動部品に2000億円の設備投資をする計画です。
「xEVには、積層セラミックコンデンサー(MLCC)やインダクター、圧電部品などさまざまな部品を搭載する。このため、ある部品だけに特化して設備投資をするということではない。xEVの今後の伸びなどを見極めた上で、増産投資をする」
―人的資本や環境に関して、非財務資本でなく、“未”財務資本と呼ぶ狙いは。
「まだ財務資本になっていないという意味を込めて、あえて未財務資本という言い方をしている。当社はテクノロジーの会社であると同時に、人が全てだと考えている。二酸化炭素(CO2)削減目標も達成していく。未財務資本は必ず財務価値につながる」
【関連記事】 好調電子部品の受注は失速するのか?