トヨタ生産方式が自動車産業の枠を超えて根付き始めている
搾りたて、小ロットでおいしく
トヨタ生産方式(TPS)が自動車産業の枠を超えて根付き始めている。東北地方の酒造会社である酔仙酒造(岩手県陸前高田市、金野連社長)は、トヨタ紡織と10年以上にわたり連携。TPSの考え方を取り入れ、改善(カイゼン)活動に励む。社員自らが考え、業務を効率化し、捻出した時間を品質向上や技術の発展、顧客ニーズにマッチした商品づくりに生かす。「おいしい酒づくりのために何をするか」を突き詰める。(名古屋・川口拓洋)
「良いものをつくるのは酒もクルマも同じ」。当時技監だったトヨタ紡織の小川邑明アドバイザーの言葉を聞き、「まさしくそう思った」と連携のきっかけを語るのは酔仙酒造の金野社長だ。トヨタ紡織は機械設備で自動車用シートをつくるが、「当社は微生物で酒をつくる。当初は畑が違うと思った」(金野社長)と振り返る。
両社の出会いは東日本大震災直後の2011年秋にさかのぼる。トヨタ紡織の豊田周平会長(当時社長)が「モノづくりで被災地を支援できないか」と提案。同社総務部の高井智幸主査は津波で酒蔵が流された酔仙酒造を自治体に紹介され、同社のサポートを申し出た。
両社は勉強会や工程の流れの見直しなど多数の改善活動を実施。「特にカイゼンの心が1番伝わった」と金野社長は強調する。「自分たちでどうしたらいいのか考え、実行できるようになった」(金野社長)という。高井主査も「(改善の)土壌があったのかもしれない。『なぜ』『どうして』の問いに真剣に励んでもらえた」と語る。
例えばトヨタ紡織の問いは「おいしいお酒とは」だ。人それぞれに好みはあるが、酔仙酒造が導き出したのは「搾りたてがうまい」ということだった。そこで取り組んだのが仕込む酒の量の小ロット化だ。仕込み回数が増え手間こそかかるが、おいしい酒を提供することを最優先。搾りたてを提供し続けるための方法を皆で考え抜いた。
このほかにも30キログラムのコメを担ぎ2階と1階を何十回も往復する作業があったが、2階から1階にダクトを通して醸造タンクに原料のコメを入れるなどの変更を実施。酔仙酒造醸造課の峯井勇主任は「この作業は酒のおいしさには関係ないものだった」と語るなど、多数の改善を繰り返してきた。
現在もトヨタ紡織側が一定期間ごとに酔仙酒造を訪れ、助言する関係を保つ。「(電力を必要としない機械仕掛けの)カラクリで10人の作業を7、8人でできるように取り組む」(峯井主任)と改善の“種”を見つけることに楽しみも覚えている。
「やってみて、ダメなら元に戻せばいい」と社員の考える力の向上に、金野社長も手応えを感じている。酔仙酒造は現在、2000―3000石(1石は1・8リットルの一升瓶100本に相当)の日本酒を製造。震災前は7000石程度の製造能力があったが、量より顧客のニーズや質を優先する方針だ。震災前には製造していたが、熟成工程が必要なため震災後は製造を見送っていた焼酎などの復活も模索する。
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