開発競争が激化するAI、ソフトバンク・孫正義氏らが示す“将来像”
人工知能(AI)の進化が加速している。米オープンAIが開発した「チャットGPT」の登場で生成AIが爆発的に普及し、日本でも生成AIの基盤となる大規模言語モデル(LLM)の開発が本格化した。AIを用いた大規模データ分析により、気候変動や保健医療分野で新たな変革が期待できる一方、偽情報のリスクも指摘される。著名なAI関連企業幹部の見解を基にAIの将来像を探った。(編集委員・水嶋真人)
ソフトバンクグループ・孫会長兼社長/5年以内に「汎用型」 衣食住の仕事代替
「5年以内にAGI(汎用人工知能)が、10年でASI(人工超知能)が来る」―。ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長は4月、国内グループ企業の新入社員約890人を前にAIに関する自身の予測を改めて説明した。AGIは人間のような汎用的な知能を持つAI、ASIは人間の知能を超えた知的範囲を持つAIを指す。
現在のAIは将棋やチェスなど特定の業務で人間を負かすようになった。だが、全ての分野で人間の英知を超えることはできていない。何を聞いても話しても人間よりも優れている状態になるのがAGIの世界だ。生成AIの「GPT4」は2023年に医学試験と法学試験に合格した。孫氏は「それの50万倍から100万倍の能力を持つに至る頃にAGIがほぼ来るのではないか」とみる。
孫氏はAGIの説明をする際、金魚を例に挙げる。金魚がどんなに優れた訓練や経験を積んでも人間より賢くならない。脳の働きを決める脳細胞の中のニューロンの数が人間の約1万分の1しかなく「平均的な人間より賢くなることはあり得ない」からだ。
一方、AIは電気の流れを制御する部品(トランジスタ)の数が増えることで、さまざまな形で連動して動き、データがその上で走ることで脳細胞に近い働きをする。AIに搭載するトランジスタの数が圧倒的に増え続ける中、GPT4の100万倍の能力を持つAGIの世界が5年後に訪れた場合、「我々の目の前にある常識がことごとくひっくり返っていく。AGIを先に手にしたものが21世紀、22世紀を制覇する時代がやってくる」と孫氏は予測する。
AGIにつながったロボットが生まれると、人間のさまざまな筋肉を使う仕事をやるようになる。衣食住を行う分はロボットとAGIが提供する時代が来れば「人間は何のために働くのか。仕事とは、幸せとは、人間関係とは何か。根本的なことを考え、議論し、もう一度再定義していくことが必要となる」(孫氏)。このAGI、ASIの一翼を担う情報革命の実現が孫氏の目標と言える。
NTT・川添副社長/IOWN接続、即時分析 「否定」で全体最適化
NTTは独自の専門性を持った複数の小規模生成AIを超低遅延通信のIOWNで接続し、AI同士がそれぞれの解析結果を即時に分析し合う「AIコンステレーション」を提唱する。「あるAIが導き出した答えに対する見方を、さまざまな方向性から抽出・集約すれば人間社会にとってかなり良いものに近づく」(川添雄彦NTT副社長)からだ。
全てのデータと計算機能を1カ所に集中して学習させた生成AIの場合、自ら導き出した答えは正しいという判断をする。巨大な単一のLLMが唯一できないことは「自らの答えを否定することだ」との指摘もある。
だが、特有の専門性を高めたLLMを複数作成し、IOWNのような超低遅延通信で接続し合えば「あるAIが出した答えに対して別のAIがそれは違うと言える。法律や倫理面の観点から考えた場合に適切な答えではないと言えれば全体最適化が図れる」(川添副社長)。
生成AIをめぐっては、偽情報や誤情報を生み出す懸念が高まっている。経済協力開発機構(OECD)閣僚理事会は3日、こうした懸念に対処を求めることを盛り込んだ閣僚声明を発表した。一方で、新しい技術への規制はイノベーション(技術革新)に停滞をもらたしかねない。川添副社長は「より人間界に近い民主的なものを作りながら、それぞれのイノベーションをさらに進めていけるAIコンステレーションが将来的には発展していくのではないか」と予測する。
NTTが3月に提供を始めたLLM「ツヅミ」は、性能指標となるパラメーター数が超軽量版で約6億と小型であることが特徴。基盤モデルの外部に必要なアダプターを追加することで、業界特有の言語表現や知識を効率的に学ばせるチューニング機能を用意した。IOWNとともにAIコンステレーションを実現する生成AI基盤の開発が着々と進んでいる。
米オープンAI・ライトキャップCOO/個人アシスタントに 視覚で物理世界理解
「機械との関係性が変わる。今日生まれた子どもは機械が話しかけられるモノだと考えるようになる。人間と同じように指示を出せばやってくれると捉えるようになる」―。米オープンAIのブラッド・ライトキャップ最高執行責任者(COO)は楽天グループとの共同イベントで、AIの今後のあり方を示した。
ライトキャップCOOは、スクリーンに触れても反応しないことを不思議に感じるようになったことを例に挙げ、「人の振る舞いはテクノロジーによって変わってきた」と指摘する。今後、AIの進化に伴い「全員がパーソナルなアシスタントを持つ時代が来る。先生や医師、友人や同僚にもなる。確定申告など退屈な作業もやってくれる」と予測した。「あらゆる場所にある、あらゆる機械が話すようになり、何かをやってくれる時代になる」とする。
長期的な展望では「ロボティクスとのエンゲージメント(関係性)が増えていく」とした。言語やコードだけでなく、視覚で物理世界をAIが理解できるようになれば「ロボットが世界とどう関係性を持てば良いのかを理解するようになる」(ライトキャップCOO)。
ライトキャップCOOは17年ごろにルービックキューブを完成させるための手の動きをAIに教えようとした。当時はキューブの色をそろえるための手の動きを学習させなければならなかったが、視覚で物理世界を理解できるようになったAIは学ぶ速度が飛躍的に向上する。
同COOは「5年後、10年後のテクノロジーの使い方は現在と全く違ったものになる」とも指摘する。映像を見て動きを学んだAIが最適な動き方を披露する世界に対応した新しいインターフェース(システムや機能)の開発も進むことになりそうだ。
【関連記事】 AIソフトで生産コストの削減を支援する注目の企業