【ペロブスカイト太陽電池誕生】 after story 4 〝宇宙〟からの関心
ペロブスカイト太陽電池が変換効率10%を超え注目を集めた後、その研究に乗り出したのは太陽電池の研究者だけではなかった。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の若手職員もまた、その潜在力を知って将来の宇宙利用の可能性を感じ、桐蔭横浜大学の宮坂力研究室の門戸を叩く。(敬称略)
「ペロブスカイト太陽電池のサンプルを提供してもらえませんか」―。2014年7月15日の桐蔭横浜大学。宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所電子部品デバイス電源グループの宮澤優は、ペロブスカイト太陽電池の宇宙利用に向けて放射線耐性を検証したい意向を同大教授(現・特任教授)の宮坂力や講師(現・教授)の池上和志に説明した。『具体的でなければ忙しい大学の先生に話を聞いてもらえないだろう』。そう考えて宮坂や池上に渡した16ページの提案資料には、詳細な計画を書き込んでいた。
その1ヶ月前。宮澤から面会を求めるメールが届いた時、宮坂は半信半疑だった。『JAXAが関心を持つなんて本当だろうか。ペロブスカイト太陽電池はまだ地上で使えるかどうかさえ分からない。現状をどれだけ理解しているのだろう』。そう考えていた中での対面だったが、提示された資料にJAXAの本気を感じ、とりあえずは提案に乗ってみようと思った。
そうして始まった共同研究は1年後、宮澤が提案資料の「本活動で得られる成果」で示した通り、宇宙機適用の可能性を世界に先駆けて学会で報告することになる。
自らテーマを設定したい
宮澤とペロブスカイト太陽電池の最初の接点は1枚の投影資料だった。JAXAに入社して2年目を終えようとしていた13年度末、上司に誘われてエネルギーハーベスティング技術に関するセミナーに参加した。入社1、2年目は科学衛星「あらせ」や「ひさき」の電源系の開発などの業務をサポートしたが、3年目は自ら設定したテーマの研究を始めたかった。そのための情報収集だった。そこで登壇したアナリストが、ペロブスカイト太陽電池を紹介した。「新しい太陽電池で変換効率が上昇しています。今後どうなるかは分かりませんが面白い技術ですよ」。
『これは宇宙で使えるかもしれない』-。宮澤はそう直感した。
宇宙用で主流の太陽電池は3接合化合物太陽電池で、変換効率は30%程度に上るが、非常に高価だった。一方、ペロブスカイト太陽電池は安価に製作できる可能性があるという。軽く薄く製造できるとも聞き、であれば宇宙機への搭載方法の自由度が大きく、ミッションによっては需要があると考えた。変換効率についても当時は15%程度にとどまっていたが、上昇してきているという潜在力に期待できた。そこでJAXAが取り組むべき研究テーマを設定した。
「宇宙における太陽電池の最大の劣化要因は放射線。地上では考慮しない耐性のためJAXAが独自で検証するしかありません。それを評価したいと考えました」
さらに関連の文献を調べると、面白いことが分かった。ペロブスカイト太陽電池は光を吸収する力を示す光吸収係数が高い。その特性が、電解液を使わない固体の太陽電池でも高い変換効率をたたき出せるカギだったことはすでに書いた(#14)が、それは放射線耐性にも関係しているようだった。過去の研究で「CIGS太陽電池」などシリコン製太陽電池に比べて薄く光吸収係数が高い太陽電池は、放射線耐性が高い報告があったのだ。
「ペロブスカイト太陽電池も放射線耐性が高いかもしれないと考えました。宮坂先生たちにそこを評価したいと話して、サンプルの提供をお願いしました」
「宇宙には『水』も『酸素』もありません」
一方、当時の宮坂や池上の本音は「宇宙での利用なんてピンとこない」だった。ペロブスカイト太陽電池は耐久性が非常に弱く、地上での利用さえ見通しが立っていなかったからだ。それでも宮澤は熱意を伝えた。
「ペロブスカイト太陽電池でなくては駄目なんです」「ペロブスカイト太陽電池は『水』にも『酸素』にも弱いですよ」
「宇宙には『水』も『酸素』もありません」
そうして共同研究の承認を得た2-3カ月後、宮坂らから100枚ほどのサンプルが届き、宮澤は実験を始めた。
群馬県高崎市にある日本原子力研究開発機構(現・量子科学技術研究開発機構)の施設や若狭湾エネルギー研究センターの施設でサンプルに放射線を照射し、それを桐蔭横浜大やJAXAに持ち込み、照射前後における性能を比較し、劣化を評価した。
結果は宮澤の期待通りだった。宇宙用太陽電池として主流の3接合化合物太陽電池やシリコン製太陽電池に比べて高い放射線耐性を持つことが分かった。例えば、3接合型の最大発電電力量を38%低下させる強さの電子線を照射しても、ペロブスカイト太陽電池の最大発電電力量は低下しなかった。
「(過去の研究からペロブスカイト太陽電池について放射線耐性が高い可能性を考えつつも)有機系の太陽電池は熱などに弱いため、放射線にも強くないのかもしれないという不安がありました。驚きでしたし、よかったと思いました」
宮坂や池上もその結果に驚いた。
「学術的に非常に面白い結果で、さらに研究を進めるべきだと考えました」(宮坂)
「特殊な環境に耐える特性を持つと分かったことで、しっかりとした封止技術が確立すれば、モノになるかもしれないと思いました」(池上)
この共同研究の成果は米国電気電子学会(IEEE)が主催する太陽電池の国際学会「PVSC」で15年6月に発表した。その日、宮澤の胸の内は国際学会で成果を示せる喜びと共に、どのような反応が来るか分からない不安があった。しかしその発表以降、ペロブスカイト太陽電池の宇宙応用を目指した研究が続々と報告されるようになる。
「研究を面白そうと思ってくれた人が多いのかなと思い、嬉しかったです」
宮澤は現在もペロブスカイト太陽電池の宇宙利用に関わる基礎研究を続けている。
「(ペロブスカイト太陽電池の宇宙利用は)新しい分野で非常に面白いですし、どんどん性能が上がっているので将来性があると感じています。個人的にはなぜ放射線に対して強いのか。そのメカニズムを明らかにしたいです」
企業を巻き込む
一方、宇宙利用を本気で目指すのであれば、メーカーを巻き込む必要がある。偶然にも宮澤らが国際学会で成果を発表した2カ月前の15年4月に、それに適した枠組みがJAXAで立ち上がる。「宇宙探査イノベーションハブ」。将来的な宇宙利用を目的としつつ、地上での事業化を重視してJAXAが大学や企業と共同研究するプロジェクトだ。
「ペロブスカイト太陽電池は地上でもカーボンニュートラル社会の実現に必要なもので、JAXAとしても将来、宇宙利用できる期待があります。その中で耐熱性といった地上利用と宇宙利用で共通する課題があります。宇宙探査イノベーションハブに非常に適したテーマだと思いましたし、(宇宙利用を目指して研究を推進する上で)大きなターニングポイントだったと思います」
桐蔭横浜大を中心とした研究グループは、第3回公募(RFP3)で採択を受け、ペロブスカイト太陽電池の宇宙利用を目指した宮坂や宮澤らの共同研究の舞台はそこに移る。このグループには、メーカーとしてリコーが名を連ねた。色素増感太陽電池の研究をしていた頃から宮坂研究室と協力関係にあった縁で、宮坂がリコーでペロブスカイト太陽電池を研究していた堀内保に参加を依頼し、リコーが応じた格好だった。堀内が回想する。
「JAXAと我々は持っている知見や装置が違うため、今まで気付かなかったことに気付ける期待がありました。リコーとしてはまず地上用に製品化し、将来は宇宙向けに供給してJAXAに貢献するという役割で参加しました」。
前出(after#3)の通り、堀内は21年に活躍の場をエネコートテクノロジーズに移すが、その後、ペロブスカイト太陽電池の研究開発を加速させるリコーにとって、この宇宙探査イノベーションハブは重要なプロジェクトになる。
証言者:宮澤優/宮坂力/池上和志/堀内保/田中裕二
主な参考文献:「Journal of JSES」(2019年No.1)