東芝出身の東大教授が挑む、半導体技術「民主化拠点」の全容
チップ設計開発の“民主化”推進
日本の半導体が再興の波に乗り、大学への期待感が強まっている。先端デバイスの研究開発は一時期、大学でも下火となった。だが、半導体分野の教育・研究を通じた人材育成や、最先端技術の開発はこれから大学の大きな使命となる。専門家はどのような未来図を描くのか。注目研究者のテクノロジー展望に迫る。初回は東京大学の黒田忠広教授。
黒田教授は、東芝で半導体の集積回路を18年間研究開発し、その後は慶応義塾大学などで教壇に立った。産学国際連携による先端システム技術研究組合(RaaS)理事長のほか、国の技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)の設計技術リーダーを務める。
黒田教授は、2031年度までの文部科学省の「次世代X―nics半導体創生拠点形成事業」で“アジャイルX”と名付けた半導体技術の「民主化拠点」を作る。「大規模集積回路(LSI)の開発期間と費用を10分の1にし、アジャイル(機敏)に社会実装する」(黒田教授)のが狙いだ。
背景には、生成人工知能(AI)の登場などでAIの演算量が急拡大し、データセンターの消費電力が増大する“エネルギー危機”がある。大量生産による従来の汎用チップに代わり、電力効率の高い「専用チップ」を開発することで危機の回避を目指す。
そのためには設計開発の革新が不可欠だ。専用チップ開発にかかる時間とコストは高騰し、国内の人材は減り続けている。ハードウエアとソフトウエアを融合した新設計プラットフォームを考案し、開発と改良のサイクルを高速に回して産業力の強化につなげる。
従来、プログラム言語を使いこなす専門家だけのものだったAIは、自然言語による生成AIの出現で皆が使えるようになった。黒田教授は、「半導体も同様の『民主化』が必要」と説く。多くの技術者と資本力を持つ巨大企業だけがチップを設計開発している現状を打ち破る。それこそが目標とする半導体技術の民主化だ。
その結果、LSIの設計人口が10倍になれば、「集団脳」によってイノベーションが生まれやすくなる。汎用チップから専用チップの時代に変わり、競争もおのずと「資本」から「知価(知恵が生む価値)」へと移る。「大学は頭脳の交差点であり、だからこそ大学の出番だ」と黒田教授は力を込める。
半導体は今や国家の戦略物資となった。微細化技術については国際連携を深め、「我々は半導体の民主化を推し進めて世界の頭脳をひきつける。パイの奪い合いではなく、パイの拡大を目指す」(同)。日本の半導体の復活に向けた大きな挑戦が始まる。
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