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シェアの落ち込み、中国メーカーの台頭…日本ロボットメーカーの競争力強化に必要なことは

産業用ロボットの技術と市場の航跡 #9 著者インタビュー

意外と産業ロボットは少ない

―ロボット市場の興りから現在までを、製造業全体の状況を踏まえて書かれています。
 1980年代の産業用ロボット世界市場を振り返ってみると、日本は供給シェアが高かったが、同時に国内需要のシェアも高かった。これは、国内だけで国外ではあまり使われていなかったということです。
 2000年からが本当の国際競争になってきます。製造現場がアジア地域に広がり、自動化も同時に普及していった。欧米諸国のロボットメーカーや中国メーカーが市場参入し、日本のシェアは90%から落ち込んでいったが、ロボットが一般化し市場が拡大してきたことで自然な形になっていったともいえます(図1)。

とはいえ、意外と産業ロボットは少ないんです。日本製のロボットは年間20万台、世界でも40~50万台で、金額に換算しても2~3兆円。市場規模はそこまで大きくありません。その理由は、限定的な顧客にしか導入されていないからです。いまだに自動車業界と電機業界が導入台数の多くを占めています。生産技術に優れた顧客がもっと徹底的に使っていくこと、さらにこれまで導入が進んでいなかった業界向けを増やしていくこと、の両軸が必要だと感じています。

図1 産業用ロボットの世界市場における日本製ロボット

―近年では中国ロボットメーカーの競争力が強まっている状況です。
 2011年に初めて中国視察に行きましたが、その時はまだ実用的なロボットではないなという印象でした。ただ、そこから2年後に視察に行った時には「おや?だいぶよくなっているな」と。現場で使ってみた経験を生かして進化していたんです。そこからの中国製ロボットの進化はすごかった。
 日本製のロボットを分解し、研究し、同じような部品で組み立ててみると7割はできるんですよね。ただし、そこから精度を上げていくのが難しい。しかし、中国は2015年くらいから国策で工作機械やロボットの強化を打ち出してきた。20年代に入ると、中国国内で利用されるロボットのうち、中国メーカー、日本メーカー、その他諸外国メーカーの割合がおおよそ3等分されるようになりました。「諸外国」といっても、中国で現地生産している場合が多いため、実質半分以上を中国現地生産のロボットが占めるようになったといえるでしょう。

―導入数が増加している中国の現場では、生産性を上げることを目的とし、ロボットはその手段の1つにすぎないという考えの企業も多いと伺いました。
もちろんピンキリではあるのですが、よく考えて使っている現場も多いですね。考え方は合理的で、ロボットを生産財の一部としてどう価値を上げるか、という観点で利用している傾向は随所にみられます。

なぜロボットが必要なのか?

―コロナ禍以降、人手不足の深刻化もあり、ロボット導入のニーズが一段と高まったように思います。
 人手をロボットに置き換えるというニーズは根強いですが、人手不足解消=ロボット導入とすぐに結びつけてしまう前に、なぜ人手が足りないのか、をまず考えてほしい。例えば、人手の作業で成り立っていたラインは人手の作業に最適化されています。それをそのままロボットに置き換えると失敗しやすい。
ここは本当にロボットが必要なのか?から、どんな性能が必要か?といった総合的な検討をユーザーやメーカーが一緒になって試行錯誤、切磋琢磨していくことが市場拡大には必要なのですが、近年そういった傾向が弱まってきているように思えます。

―どういう背景でしょうか。
 1980年代の産業ロボットは、今にして思うと精度も速度もいまいち。コンピューターの発達が進んでおらず、制御も追い付いていませんでした。一方、80年代は自動車や電機メーカーの勢いがあったことから実現したいもののレベルが高く、機械・ロボットを選ぶ眼が厳しかったのです。それがロボットメーカーをけん引し、性能を高め、お互いに切磋琢磨していました。あるものをそのまま使っているのでは改善されないので。
 ただし90年代に入ると、不況もあいまって設備投資の勢いが弱まりました。自動化を競争力強化につなげるのが本質だと思っていますが、人手を減らす目的になってしまいました。これはよく考えるとマイナスを補うことでしかないんです。それが、現在まで長年この状態が続いている。前に向かっていくためにはどうするか、を考えるべきなのですが…。自動化に対する要求・達成するべきレベルがだんだん下がっているんじゃないか、と感じます。
 例えば、ロボット導入によって人が減らなくても、人手作業の質が向上する場合もあります。人手を減らす、労働生産性を高めるというのは分かりやすいロジックなので、「人件費が減ります」と説明した方が社内の通りがいい。もちろんそのメリットもあるのですが、ロボット導入によって競争力が上がるという面も説得していく必要があります。

小平紀生さん

―ロボット導入にはシステムインテグレーター(SIer)との協調も欠かせません。
 2000年代以降には、「いいロボットを使ってください」とユーザーに訴求するより、「ロボットをどう使いたいですか」とニーズから探っていく流れになっていきました。その中で重要性が増したのがSIerです。ロボットが導入される現場が多様化する中で、ユーザーとロボットメーカーの橋渡しをする役割が拡大しました。例えば、食品業界など自動化ノウハウがまだ少ない分野ではSIerが間に入りシステムを構築します。
 ロボットメーカーもSIerとの協調を重視してきています。また独自システムをロボットに導入するSIerも増えてきました。ロボットに付属しているコントローラーのほかに、独自コントローラーを追加し自由にカスタマイズしていますね。ロボットをそのまま使うのではなく、目的・用途に応じてカスタマイズする流れは今後増える可能性があります。特に欧米メーカーのロボットはカスタマイズを許容しているものも多いです。
 今後もユーザー、ロボットメーカー、SIerの3者が連携していくことが重要です。産業のすそ野の広がりにも寄与するのではないでしょうか。

―本書では今後の日本ロボット業界の発展に必要なものとして「協調」を挙げています。
 もともとロボット業界は過当競争が起きていたこともあり、異なるメーカー同士で協調しようという流れが少なかったのは事実です。
 ただ、基本的なロボットの構造は2000年くらいからあまり変わっていません。中国製ロボットが力をつけてきている中で、日本メーカーが標準型のロボットを作っていくだけでは限界があるでしょう。根本的な部分でのイノベーションがもう少し入ってくる必要があります。
 そのために、例えば2013年に材料メーカーにロボット工業会に入ってもらい、ロボット向けの材料を開発してみようという取り組みを行いました。ロボットメーカー側も、品質保証の観点から新しい材料を積極的に取り入れてこなかったのですが、競争力を高めていくためには今までにない材料を取り入れてみるというのは一つの手です。協調的に研究開発を進めるといったことが有効ではないかと思います。

―どういった方に読んでほしいですか。
レベルは工学部の学部2~3年生、製造業関連企業の新人向けです。ただ、難しいことは書いていないので、産業史として読んでもらえればよいし、製造業の変化にロボット産業が影響し、30~40年でどう大きく変わってきたかを知ってもらえればと思います。

 ◇小平紀生(こだいら・のりお)氏 日本ロボット学会名誉会長
 75年(昭50)東工大工卒、同年三菱電機入社。07年に本社主管技師長、13年に主席技監、22年退職。日本ロボット工業会にてシステムエンジニアリング部会長、ロボット技術検討部会長を歴任後、現在は日本ロボットシステムインテグレータ協会参与。13年から14年まで日本ロボット学会第16代会長。東京都出身、71歳。

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<書籍紹介>
日本は産業用ロボット生産台数で、世界シェアの半分を占めています。一大産業となった産業用ロボットはどんな技術に支えられ、どのような変化を遂げるのか。長年、産業用ロボットの現場にいた著者がロボットの要素技術から自動化までを解説します。
書名:産業用ロボット全史
著者名:小平紀生
判型:A5判
総頁数:256頁
税込み価格:3,300円

<編著者>
小平紀生 (こだいら のりお)
1975年東京工業大学工学部機械物理工学科卒業、三菱電機株式会社に入社。1978年に産業用ロボットの開発に着手して以来、同社の研究所、稲沢製作所、名古屋製作所で産業用ロボットビジネスに従事。2007年に本社主管技師長。2013年に主席技監。2022年に70 歳で退職。
日本ロボット工業会では、長年システムエンジニアリング部会長、ロボット技術検討部会長を歴任後、現在は日本ロボット工業会から独立した日本ロボットシステムインテグレータ協会参与。日本ロボット学会では2013年〜2014年に第16代会長に就任し、現在は名誉会長。

<目次(一部抜粋)>
序章  産業用ロボットの市場と生産財としての特徴
第1章 産業用ロボットの黎明期
第2章 生産機械として完成度を高める産業用ロボット
第3章 生産システムの構成要素としての価値向上
第4章 ロボット産業を取り巻く日本の製造業の姿
終章  ロボット産業の今後の発展のために

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2023年11月29日から12月2日までの4日間、東京ビッグサイトで「2023国際ロボット展」が行われます。産業用ロボット、サービスロボット、ロボット関連ソフトウェア、要素部品などが出展され、国内外から多数の来場者が集まります。イベントに関連して、日刊工業新聞社が発行した「産業用ロボット全史」より一部を抜粋し、掲載します。

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