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交配とゲノム編集、研究の共通項は何?

交配とゲノム編集、研究の共通項は何?

和牛研究をけん引する大山憲二教授(神戸大学大学院農学研究科附属食資源教育研究センター/兵庫県加西市)

神戸大学の広報誌『風』。その最新号Vol.21内の特集2「進化―食を新たに生み出す」より2つの研究を紹介する。1件目は和牛の形質を維持・発展させる「統計データで遺伝をコントロール」。2件目は早期に狙った成果を得る「進化を加速するゲノム編集技術」だ。神戸大学ならではの研究開発の最前線を見て欲しい。

統計データで遺伝をコントロール

世界的な知名度を持つ「和牛」は人為的な選抜と交配を重ね、長い年月をかけて私たちの求める姿に改良されてきた。体重や肉に含まれる脂の量など1頭1頭のデータを分析し、明らかになった能力によって役割を与え、世代を重ねて形質をレベルアップさせる。しかし、和牛の持続可能性を考えるとき、「今のままでは行き詰まる」と、神戸大学大学院農学研究科附属食資源教育研究センターの大山憲二教授は危惧する。

和牛の生産では畜産団体などによって1頭ごとにさまざまなデータが取られる。大山教授はこの個体データから継承したい形質がどの程度遺伝的に支配されているのかを示す遺伝的パラメータを推定し、和牛、特に黒毛和種の改良に生かしてきた。団体を通して集積されている全国の親子関係を含むデータは300万件を超える。「病気に強い牛、少ない飼料で育つ牛も作ることは可能です」。

経済の中で失われる多様性

1989年、国際間の貿易自由化ルールを定めるGATT(関税・貿易に関する一般協定)ウルグアイ・ラウンドで牛肉の輸入自由化が決まると、日本の畜産業界は和牛の高付加価値化・差別化に舵を切った。組織的な品種改良が強化され、データに基づき消費者の嗜好に合う牛、多くの肉が得られる体の大きな牛が作られた。和牛の「霜降り」の量は増え、重さも30年間で約100キログラム重くなった。こうした成果には神戸大学も大きく貢献した。

一方で集中的な交配を重ねた結果、和牛の多様性が失われてきた。人工授精で増やす和牛は、雄牛が少ない。雌牛60万頭に対し、交配される雄牛はわずか700頭。さらに供用の偏りを考慮すれば父親は20頭ほどが均等に使われている状況と同等で、血のつながりによる遺伝子の重複も考慮すれば5頭程度と試算される。血が濃くなれば、遺伝病のリスクが高まる。さらに問題なのが、遺伝子の多様性が失われて形質を変化させづらくなることだ。「今が完成形ならクローンを作ればいいかもしれない。しかし、人の嗜好は必ず変わります」。

持続可能な品種改良

2022年10月、大山教授が審査委員長を務めた全国和牛登録協会の品評会で、肉の外観の評価に加え、脂に含まれるオレイン酸を測る“質”の評価が実施された。オレイン酸を多く含む牛肉はとろけるような食感を持つ。この試みには和牛の付加価値を高めるとともに、霜降りに進みすぎた改良に歯止めを掛けようという思惑もあった。評価基準が変われば、求められる遺伝子も変わってくる。「今なら間に合います」と大山教授は力を込める。将来に選択肢を残すためには食肉・畜産業界と畜産農家の意識改革、何より生物としての和牛が持続可能な中で「おいしい牛肉」を求める消費者自身の節度が欠かせない。

大山教授
大山憲二 [OYAMA Kenji]
大学院農学研究科附属食資源教育研究センター教授
1997年、神戸大学大学院自然科学研究科博士課程生命機能科学専攻修了。2011年より神戸大学教授。専門は家畜育種学。羊に興味をもち畜産を専攻したが縁あって牛をテーマに。
西田敬二教授のラボは神戸空港のほど近く、神戸大学統合研究拠点内にある

進化を加速するゲノム編集技術

生き物は長い時間をかけてDNAの塩基配列、つまり生命の設計図が変わることによって進化してきた。人為的により良いものを生み出すため交配による品種改良が行われているが、莫大な時間がかかる。これに対し、進化プロセスを大幅に加速できるのが「ゲノム編集」だ。ゲノム編集の新たな技術を開発した神戸大学先端バイオ工学研究センターの西田敬二教授は「農水産物の進化を劇的に速め、豊かな食にも貢献できます」と、そのポテンシャルを語る。

“切らない”強み

西田教授が2016年に発表した新たなゲノム編集技術「Target-AID」はDNAを切ることなく特定の塩基配列を書き換えることができる。

2012年に開発され、ノーベル化学賞を受賞した画期的なゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」が研究の契機となった。世界の多くの研究者はCRISPRを活用することを考えたが、西田教授は違っていた。「CRISPRの先に行くために何をすべきか」を考えた。新しいものを生み出すには「他の人がやらないという前提が必要」と考えていたからだ。

CRISPRは2段階のプロセスからなる。まずDNAの塩基配列を読み取り、編集の標的とする部位を決める。決めた後に配列を切断し、細胞の自己修復機能に 委ねる形で編集する。狙った配列に変わる確率が小さく、ゲノムを切る行為によって最悪の場合は細胞が死んでしまう問題があった。

Target-AIDも部位特定プロセスは同様 だが、配列を切るのではなく化学反応(脱アミノ化)で文字をピンポイントに置き換えられる。自然の進化プロセスに近いため、細胞への影響もほとんどない。

“豊かな食”につなげる

Target-AIDを含めた新しい切らないゲノム編集技術は、一般には塩基編集と呼ばれ、その一部はすでに遺伝子治療では臨床試験に入り、食の面でも農作物などの品種改良を効率化し、収量増や特定の機能を向上した食材を実現できることを確認している。交配による従来の品種改良は不確実で、成果が得られるまで何年もかかっていた。Target-AIDでは、例えば甘み成分を高めたトマトを生み出すことも容易に数カ月レベルでできる。

ただ「実際に広く活用されるには越えなければならないハードルがあります」と西田教授。かつて遺伝子組み換え技術で社会に受け入れられなかった例があるが、それは自然界では起こり難いプロセスだった。「ゲノム編集は自然にも起こりうるプロセスをより精密に行っています」と安全性への自信を示す一方、「世間のイメージとしてどうとらえられるかはわかりません」と懸念する。ゲノム編集によって豊かな食が実現するかどうかは、もはや技術の問題ではない。新たな食材がビジネスとして成立するかどうか、つまり私たちがその安全性を理解し消化できるかどうかにかかっている。

西田教授
西田敬二 [ NISHIDA Keiji ]
先端バイオ工学研究センター 教授
2006年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。米国ハーバード大学研究員などを経たのち、近藤昭彦教授(現副学長)に出会い神戸大学へ赴任。2018年から教授。
神戸大学広報誌『風』
2023年7月発行の最新号
Vol.21 「テーマ:ABUNDANCE-食の“豊かさ”を見つめ直す」 は下記よりご覧ください。
…アンケートの協力もお願いします(抽選でプレゼントあり)。締切は9月29日まで。
https://www.kobe-u.ac.jp/info/public-relations/magazine/kaze/index.html

提供:神戸大学 総務部広報課

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