半導体・蓄電池製造に立地政策競争、用地・水どう確保する?
半導体や蓄電池など重要物資のサプライチェーン(供給網)強靱(きょうじん)化に向け、国内に生産拠点を整備する製造業の動きが活発化している。一方で、足元では自治体が産業用地不足や工業用水の安定供給といった課題に直面している。経済産業省は農地転用に必要な手続きの迅速化や工業用水補助金制度の拡充策などを通じ、企業が立地しやすい環境整備を急ぐ。企業の国内投資を促し、地域経済の活性化にもつなげる。(下氏香菜子)
「世界で立地政策競争が始まっている。世界に伍(ご)していけるような取り組みが求められている」。2023年春に開いた国内投資拡大に向けた官民連携フォーラムで岸田文雄首相は戦略的な産業立地政策の重要性を強調した。経済安全保障上の懸念から、欧米など主要国が重要物資の安定確保に向け、大規模な財政出動を伴う政府主導の産業政策を強化しているためだ。
日本政府も供給網の強靱化に向けた政策を打ち出している。23年末には経済安全保障推進法に基づき、半導体、蓄電池、工作機械・産業用ロボットなど11分野を「特定重要物資」に指定。特定重要物資の国内生産を強化する企業への支援を始めた。経産省ではこれまでにトヨタ自動車が実施する車載用蓄電池に関する国内投資やSUMCOの国内シリコンウエハー工場への設備投資計画などを認定し、助成を決めた。
国内立地が地域経済に与える影響は大きい。例えば熊本県への進出を決めた台湾積体電路製造(TSMC)。九州フィナンシャルグループの試算によると24年の稼働開始から2年間の経済波及効果は1兆8000億円に上る。九州全体での半導体関連企業の投資拡大や雇用の増加、賃金の上昇といった期待が高まっている。
ただ、足元では国内立地の障壁となり得る課題が生じている。一つは分譲可能な産業用地の不足だ。全国では自治体などによる産業用地の造成が進んでいるものの、用地ストックは減少傾向にある。国内に生産拠点を整備する企業のニーズが急拡大し「産業用地の造成が分譲のスピードに追いついていない」(経産省)ことが背景にある。
経産省によると大規模工場の立地を想定した産業団地の開発には一般的に約3―6年程度かかるという。産業用地の確保に向けて農地転用を進めたい自治体が増えているが関係者などとの調整に「相当の時間が必要」(経産省)。結果、自治体が企業の事業戦略の時間軸に合わせて産業用地を供給できず、誘致の機会を逃してしまう可能性がある。
もう一つの課題は工業用水需要拡大への対応だ。ここ数年、製造業の海外進出に伴い国内の工業用水の需要は減少傾向にあったが、今後は製造工程で水を多く使う半導体関連産業を中心に需要が再拡大する見通し。一方、工業用水事業を運営する自治体は施設の老朽化や人手不足などの経営課題を抱えている。一定規模の投資が必要な工業用水道施設の新規建設に踏み切るハードルは高い。
経産省はこうした立地をめぐる現状課題を踏まえ、立地環境の整備に向けた取り組みを強化している。産業用地の確保に向けては、7月に地域未来投資促進法における土地利用調整制度の指針を改定。企業の具体的な立地計画がない段階で、自治体が農地転用に必要な土地利用調整手続きに着手できる旨を明記した。
地域未来法では自治体が国の基本方針に基づき地域の特色を生かした事業を推進する基本計画を策定し、民間が同計画に沿った事業を進める場合、農地転用に関する特例措置が受けられる。特例措置を受けるには基本計画に産業用地を整備する「重点促進区域」を設定する必要がある。改定指針では企業の立地計画がなくても同区域を設定できる旨を分かりやすく示した。農地転用にかかる期間の短縮につなげる狙いがある。
工業用水については現行の補助金制度を見直す。24年度にも工業用水道施設を新規建設する際の補助枠を8年ぶりに再開する。現行制度は耐震化や浸水、停電対策といった工業用水道施設の強靱化、災害などで被災した設備の復旧などにかかる費用の一部を補助対象にしていた。工業用水はモノの生産に欠かせない重要インフラ。新規建設を補助対象にすることで施設の整備を後押しする。
日本政策投資銀行が3日に公表した23年度の大企業の設備投資計画調査によると、製造業の国内投資計画は前年度比26・5%増の約7兆5200億円となった。国内投資が活発化する中、経産省は重要産業の国内製造基盤の確保とインフラ整備支援の両輪で、供給網の強靱化を着実に進める考えだ。
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