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「全固体電池」新たな柱に、マクセルが事業構造転換へ総仕上げ

「全固体電池」新たな柱に、マクセルが事業構造転換へ総仕上げ

FA機器メーカーを中心に全固体電池の評価が進んでいる(マクセル提供)

BツーC(対消費者)企業からBツーB(企業間)企業へ―。マクセルが、事業構造転換の総仕上げに入る。BツーC事業の抜本的な改革を実施した上で、積極的な設備投資に動き、全固体電池などの海外での提案活動にも力を入れる。売上高に占めるBツーBの割合を2023年度に95%(15年度は約80%)まで引き上げる計画。カセットテープ、ビデオテープといったBツーC製品で一世を風靡(ふうび)したマクセル。その基盤をフル活用し、BツーB事業の成長に向けアクセルを踏む。(阿部未沙子)

【注目】「車」「5G/IoT」「健康」に重点

構造改革を断行した―。6月に実施した事業説明会で、マクセルの中村啓次社長は力強く話した。対象はBツーC事業。同事業では、除菌消臭器やモバイルバッテリーなどを展開するマクセルブランドとシェーバーやドライヤーなどを扱うイズミブランドを持つ。そのBツーC製品の開発や企画、営業を電響社(大阪市浪速区)に移管した。

BツーC製品では特にカセットテープで名をはせたマクセル。だが、記録用メディア市場の縮小などを背景に需要は減少。BツーC事業を含むライフソリューションセグメントの22年度の営業損益は約14億円の赤字。一段の改革を迫られていた。

マクセルの前身、マクセルホールディングス(HD)は、M&A(合併・買収)で取得した企業をHDの傘下に置きながら、事業を拡大。この一環で泉精器製作所(現マクセルイズミ)を買収した過去がある。中村社長は「BツーC事業を切り離す考えはない」としつつも採算性重視の姿勢を徹底する。

マクセルはBツーC製品では採算性重視を徹底する(オゾン除菌消臭器「オゾネオ エアロ」、同社提供)

事業の新陳代謝を加速するマクセルは、ライフソリューションのほか「エネルギー」「機能性部材料」「光学・システム」の3領域で事業を展開する。中でも、自動車分野のモビリティーや半導体・インフラ分野の第5世代通信(5G)/IoT(モノのインターネット)、ヘルスケア分野を注力市場と位置付け、投資に積極的だ。

23年度の設備投資額は22年度比約2倍の80億円を見通す。自動車分野では、タイヤ空気圧監視システム(TPMS)で使われる耐熱コイン形リチウム電池に関し「小型化した電池を製造するためのラインを増設する予定」(太田博之取締役)。さらに半導体・インフラ分野では、半導体・電子部品製造装置関連の需要拡大を見越し、約20億円を投資して新工場を建設する。

海外販売も強化する。26年度に海外売上高比率を50%以上に引き上げるのが目標。そのために海外営業に携わる人員を、22年度比約3倍に増やす計画だ。

同社は23の海外拠点を持つ。「カセットテープやビデオテープのおかげでマクセルの存在感は海外で大きい」(中村社長)。BツーC製品で開拓した顧客基盤を生かしつつ、攻勢をかける。

【展開】全固体電池、新たな柱に育成

BツーB事業の拡大のため、マクセルは新たな経営の柱の構築に挑む。発泡成形技術を生かした製品群のほか、自動車のヘッドアップディスプレー(HUD)、非接触で操作可能な空中浮遊ディスプレーなどを新事業として育てる計画。中でも注目されるのが、全固体電池だ。

マクセルの京都事業所(京都府大山崎町)で、量産設備を利用した生産が始まった。現時点では工場自動化(FA)機器やウエアラブル端末での採用を想定する。すでにFA機器メーカーなどが評価を実施しており、顧客の製品に搭載されるまであと一歩に迫る。

富士経済(東京都中央区)の調査によると、全固体電池の世界市場は、40年に21年比約1072倍の3兆8605億円まで伸びる。マクセルが手がける硫化物系全固体電池の市場は、40年に2兆3762億円まで広がると予測する。

マクセルはコイン形やセラミックパッケージ型の全固体電池を開発。高耐熱と長寿命を特徴とする。例えばセラミックパッケージ型の全固体電池「PSB401010H」や「PSB401515H」は、105度Cの環境下で10年間使用できる。

耐熱性に優れるため、産業用ロボットの関節部に設置するサーボモーターやエンコーダーと一緒に全固体電池を搭載可能。従来使用していたバックアップ用電池や、電池とモーターなどをつなぐハーネスも不要になるため、電池交換の頻度が下がるほか、ハーネスが断線した際の取り換え作業が不要になる。

マクセルは6月時点で、商談を進めている案件に関して「全固体電池での直接的な競合はいない」(高尾伸一郎執行役員)とみる。全固体電池事業では30年度に300億円規模の売上高を目指す。

全固体電池をめぐっては、自動車メーカー各社が電気自動車(EV)向けでの実用化を目指す方針を示すほか、TDKや村田製作所太陽誘電、FDKなどが開発に成功してきた。一方、市場への投入が始まったばかりで、採用には時間がかかりそうだ。

そこでマクセルは、採用を後押しするために評価用電源モジュールキットをロームと開発。また7月には、太陽光や室内照明からの発電と全固体電池を組み合わせた評価用キットをロームグループと開発したと発表した。

さらに、海外での顧客開拓も積極化し全固体電池の早期採用を狙う。他社に先駆けて、全固体電池市場で存在感を示すことができるか注目される。

【論点】社長・中村啓次氏「『大容量』開発で活用拡大」

―23年度の事業環境の見通しは。

「需要面では、新型コロナウイルス感染症が感染症法上の『5類』に移行したことを背景に、除菌消臭器といったBツーC製品への需要が一巡し、23年度を最終年度とする中計を立案した当初の想定からは大きく落ち込んだ。また、21年度の後半ぐらいから急激に上昇した原材料費は、22年度末にはおおむね回収しきれたものの、足元では電動力費が一気に上昇している」

―全固体電池の進展は。

「量産フェーズに移行した。量産設備で製造した全固体電池のサンプル品を、顧客が評価しているところだ。実際に製品に組み込むには、もう少し時間を要するかもしれない。足元では数ミリアンペア時の容量を持つ電池から製造を始めているが、容量が大きい電池を開発し活用の幅を広げたい」

―全固体電池への投資計画は。

「まずは量産設備をしっかりと立ち上げ、採用に結びつける。容量が大きい電池の製造も進めていくが、可能な限り既存の設備での対応を目指す。生産能力を超える需要を獲得できる見通しが立てば、増強していきたい。全固体電池の生産で培ったノウハウを、これから導入する設備に反映することで、コスト低減や生産性向上、対応できる品種の増加などを図りたい。23年度の技術開発関連の投資は、大きくても数億円レベルを見込む」

―全固体電池の海外戦略は。

「欧米を中心に顧客の開拓を進めている。海外企業にも提案しており、自動車や医療関連で引き合いがある。北米や欧州、アジアに構える販売拠点と連携して、ニーズを共有している。事業規模を早期に拡大するためには、案件を増やす必要がある。23年度には数億円規模の売上高を目標とする」

―次期中計の考え方は。

「変化を踏まえた成長シナリオをつくりたい。強みである家電以外の事業や全固体電池を含めながら、成長に向けたシナリオに書き換えていく。モビリティー、5G/IoT、ヘルスケア領域という注力3分野は変えずにいく。基本的な考え方やポリシーは踏襲するが、営業力の強化などに対する取り組み方は変えていきたい」


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日刊工業新聞 2023年07月27日

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