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いとうせいこう氏×パタゴニア日本支社長辻井隆行氏―自然を体験し財産守る

人、文化と自然の関わりについて語る
いとうせいこう氏×パタゴニア日本支社長辻井隆行氏―自然を体験し財産守る

いとうせいこう氏(左)、辻井隆行氏


大企業と手仕事的な企業との架け橋に


辻井 パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナードが「理想のビジネスとは何か」と聞かれ、京都で7代続く梅干し屋だと答えたことがあります。その理由を「ローカルで、ファミリー企業で、オーガニックだから」と説明しました。
 そう考えると、理想の衣類作りとは機織り機で作る昔ながらの方法ということになります。手仕事で人手がいるから雇用も生まれるし、二酸化炭素(CO2)も出ません。
 もちろんいきなり手仕事に戻ることは難しい。でも人権や環境に配慮して衣類を作っていれば関心を持つ人が出てきます。僕たちが原材料のコットンをオーガニックに変えた1996年秋、最初に関心を持ってくれた企業はナイキさんです。
 コットンは不純物が混ざっていると紡げない。雑草も天敵なので、栽培中に枯れ葉剤をまきます。かつて戦争に使われた化学兵器と主成分の変わらない枯れ葉剤が、今も栽培のために使われています。でも、これはあまり知られていない。
 手仕事での衣類作りは最も持続可能な方法かもしれませんが、1日に売るのは5枚だけというのでは引力は弱い。だからこそ、パタゴニアは人や環境に配慮しながらビジネスを行って、大企業と手仕事的な企業との架け橋にならなくてはと思っています。

いとう テレビの世界にも定量化した指標として視聴率があります。視聴率が1%上がると広告費がいくら動くという指標になっているけれど、今は録画やネットでも番組を見ることができるので、必ずしも機能しているとはいえません。影響力のある人に見てもらえる「視聴質」を指標にした方がいいと思います。話題を広められる人に見てもらえた方が価値があるはずなのに。

辻井 「鎌倉投信」という会社があります。匠(たくみ)、障害者雇用、多様性、環境、人権などの基準で、いい会社にしか投資しません。1万円からの個人信託で、会員は1万人を突破しています。年に一度の受益者総会では社会貢献活動の説明に多くの時間が割かれ、運用実績の説明はわずかです。

自分で判断するには「体験」が必要


いとう どのくらいの消費者が応援してくれるかが、企業には重要でしょうね。もうかっているけれど、みんなに嫌われている会社があるかもしれない。もうけるためなら、嫌われてもいいと開き直る企業もいるかもしれない。でも、その会社は3年後、5年後、どうなるのか。
 江戸の町は大火事が多かった。いざ火事が起きると、どこの商店が一番先に駆けつけて、炊き出しをしたかが当時の人たちの価値だった。それはやはり信用なんです。炊き出しはチャリティーでも、ちゃんと信用としてお店のビジネスにつながってくる。日本には、チャリティーの伝統がないなんてうそですよ。

辻井 確かにそうですよね。でも今の資本主義の世界では、効率こそが重要だとされていますから、そこに一石を投じたい。
 パタゴニアにとって一番大切なのは製品そのものですが、売れるからではなく、必要とされるモノを作るのが基本です。ニーズを満たす製品を作らないと、役に立たないから捨てられてしまう。日本人は今、1年間で洋服を10キログラム買って9キログラムを捨てている計算になるそうです。元本である資源の無駄遣いです。私たちは1キログラムの方、つまり捨てられずに大切にされるモノを提供したい。
 それから、パタゴニアでは直接的な環境活動も行っています。日本支社が支援している石木ダム(長崎県)の建設反対活動について、せいこうさんに初めて説明した時「じゃ、いつ行く?」とおっしゃった。びっくりしたんですけど、どういうお気持ちだったんですか。

いとう 自分で判断するには、体験しないと。現地には豊かな自然が残っていて、棚田があり、小川が流れている。その小川にコンクリートでダムを造るという。できてしまうと虫も、魚も、鳥も、チョウもいなくなる。そして最後は人間につながっちゃうわけですよね。一度失ったら取り戻せない。まさに、元本を削っちゃうということなんですよ。ベランダ園芸をしている僕でさえ、元本を削るだけの社会は変えていきたいと思う。
 虫も、景色も、風も匂いも財産ですからね。コンクリート構造物ができても、財産は失われています。財産がなくなるのになぜ、税金を払わなければいけないのか。単純な話ですよね。

辻井 はい。現地には61人の方が今もお住まいです。多くの方に知っていただいて、一緒に考えてもらえたらと願っています。今日はありがとうございました。

いとう こちらこそありがとうございました。

■いとうせいこう氏
 作家・クリエーター。1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)『想像ラジオ』(第35回野間文芸新人賞受賞)『存在しない小説』『鼻に挟み撃ち 他三編』など。

■辻井 隆行氏
 パタゴニア日本支社長。1968年東京都生まれ。会社員を経て、早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了。99年、パートタイムスタッフとしてパタゴニア日本支社に入社。2009年より現職。入社後も長期休暇を取得し、グリーンランド(03年)やパタゴニア(07年)でシーカヤックと雪山滑降を組み合わせた旅などを行う。

■パタゴニア
 米国カリフォルニア州ベンチュラに本社を置くアウトドア・アパレル企業。1973年、イヴォン・シュイナードにより設立。「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」をミッションステートメントに掲げる。日本支社設立は1988年。
日刊工業新聞2016年2月29日 第二部 地球環境特集
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
日本人は一年間で服を10キログラム買って9キログラム捨てている話には驚きましたが、ファストファッションなど安価な服の流行もその影響のように思いました。

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