ビル外壁・発電所…次世代太陽電池「ペロブスカイト」の採用計画が相次ぐ背景
次世代太陽電池と期待される「ペロブスカイト太陽電池(PSC)」の採用計画が相次いでいる。NTTデータは自社のデータセンター(DC)での設置を目指し、建物外壁への設置を実証する。JERAは火力発電所、JR西日本は駅施設への設置をそれぞれ計画している。PSCは軽くて柔軟で、既存の太陽電池は設置できない外壁や耐荷重の小さい屋根などに設置できる。積水化学工業や東芝などが2025年以降の実用化を目指す中、自社の脱炭素化を推進する新技術としてユーザー企業の期待が高まっている。(取材・葭本隆太)
大阪府島本町にある積水化学工業開発研究所で4月、NTTデータと積水化学がPSCを外壁に設置する方法の検証を始めた。積水化学が開発した30センチメートル角のPSCを外壁に設置しながら、構造安全性の観点で最適な設置方法などを探る。両社は東京都港区にあるNTTデータのDCで24年4月までに本格的な実証実験を始める予定で、そのための予備試験という位置付けだ。
NTTデータはDCにおける30年度の脱炭素化を目標に掲げており、その手段としてPSCに白羽の矢を立てた。同社ソリューション事業本部ファシリティマネジメント事業部の佐藤光宏課長は「DCは一般的なオフィスに比べて電力消費量が大きく、これまでの手段だけでは脱炭素化は難しい。新たに取り組むべき技術としてPSCに可能性を感じた」と背景を説明する。
PSCは薄く軽いため、壁面に大量に設置できる可能性がある。荷重が大きく設置場所の確保が難しい従来型の太陽電池の課題を乗り越えうる。さらにDCは一般のオフィスに比べて窓が少なく、太陽電池の設置場所として壁面を生かしやすい特徴も決断を後押しした。NTTデータは実証実験を経て、30年度までに全国のDCでのPSC設置を目指す。
PSCは灰チタン石(ペロブスカイト)と同じ結晶構造を持つ有機無機混合材料でできた太陽電池。フィルムなどの基板に溶液を塗布して作製するため、製造コストを安くできると見込まれるほか、軽く柔軟な特性を持たせられる。桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授が09年に原型となる論文を発表した日本発の技術だ。直近7年で変換効率が約2倍に向上しており、次世代太陽電池の本命と目される。世界で研究開発競争が行われており、国内では積水化学や東芝、パナソニック、アイシンなどが事業化を目指している。
一方、脱炭素は社会課題になっており、その達成を目標に掲げる企業が相次ぐ。PSCはその取り組みを推進する創エネ手段として期待を集めている。
JERAも50年の脱炭素化の実現に向けてPSC活用の一歩を踏み出した。3月に神奈川県横須賀市の横須賀火力発電所と茨城県神栖市の鹿島火力発電所の2カ所で積水化学製PSCを活用した実証実験を始めた。火力発電所は沿岸部に設置されており、PSCを利用する上で耐塩害性が課題になる。そこで特に風が強く、厳しい環境の横須賀と鹿島を実証場所に選んだ。今後、検証結果などを踏まえ「保有する火力発電所への設置を進める」(JERA)考えだ。
JR西日本は大阪市北区で25年に全面開業する大阪駅(うめきたエリア)に設置する。同社はうめきたエリアについて先進技術を積極的に取り入れる未来駅と位置付ける。PSCには脱炭素化の手段と期待するほか、その実用化時期がうめきたエリアの全面開業と合致することなどから導入を決めた。
積水化学にはNTTデータやJERAなどのほかにもPSCの設置を希望する企業や自治体などの問い合わせが相次ぐ。月20件ほどに上るという。その中で、脱炭素化へ強い意欲を持ち、大規模な面積に設置できる可能性のある企業との協議を先行させている。同社R&Dセンターの森田健晴ペロブスカイト太陽電池グループ長は「(量産効果がない実用化当初の)PSCはいきなり安くならない。大面積に設置できる企業に先行して提供することで製造コストを下げ、それ以外の企業に展開するステップを踏みたい」と意気込む。
東芝も設置希望を持つ企業などとの協議を延べ100件以上行っている。脱炭素化を実現する手段としてはもちろん、大規模な都市開発やビル開発などにおける脱炭素化への取り組みの象徴として使い、ブランディング効果を狙う需要も多いという。同社はそうした需要を踏まえ、実証実験の枠組みを検討している。
建築規制でどう扱う?
「PSCは建築部材目線で規格を考える時期に来ている」。PSCの研究開発で積水化学などと連携する東京大学先端科学技術研究センターの瀬川浩司教授は、PSC実用化に向けた研究開発の現状をそう表現する。PSCの実用化に向けた最大の課題は耐久性と指摘されるが、その焦点は設置場所における実用性に移りつつある。NTTデータやJERAなどが検証する壁面への最適な設置方法や耐塩害性がそれだ。
特に壁面に設置する場合は建築基準法など規制における扱いが論点になる。例えば、現在の規制はシリコンで作られた既存の太陽電池をベースに定められており、PSCは材料の違いなどを踏まえつつ、現行規定に適合させる検討が求められるようだ。
こうした課題に直面する現状は、PSCの研究開発が実用に近い段階に来たことを意味する。次世代太陽電池の実用化の時が刻一刻と近づいている。
政府、公共インフラ導入推進
「30年を待たずに早期に社会実装を目指す」―。岸田文雄首相は4月4日、PSCの実用化へ強い意気込みを示した。政府は再生可能エネルギー導入拡大に向けた行動計画における支援対象にPSCを位置付け、量産を推進する方針を決めた。主要材料のヨウ素の生産量シェアは世界2位につけるなど、日本の強みが生かせる技術として強力に後押しする。ギガワット級の量産体制を目指してPSCの開発企業とユーザー企業による実証を加速するほか、公共施設や学校施設、鉄道の法面といった公共インフラなどへの導入を推進し、需要創出を図るという。
この方針を受け、PSCの事業化を目指すメーカーは政府の強力な支援を期待する。その中には、国内メーカー同士の協力を政府が促す必要性を指摘する声がある。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は積水化学や東芝など5社の研究開発をそれぞれ後押ししているが、横の連携が必要という考え方だ。背景にはPSCは中国などが研究開発を活発化しているとみられ、海外メーカーが大きな脅威として想定されることがある。
積水化学の森田ペロブスカイト太陽電池グループ長は「例えば(行政が間に入って国内の他のメーカーに)我々が技術を提供して一緒に取り組む形もあり得る」と話す。東芝エネルギーシステムズの小坂田昌幸首席技監も「国内で競うことは大事だが、それぞれが同じ思いなら、手を取り合う方が良いのではないか」と同調する。
実用化へ…研究開発の現状は?
PSCの実用化を目指す積水化学と東芝に技術開発の現状をそれぞれ聞いた。
【積水化学工業R&Dセンター・森田健晴ペロブスカイト太陽電池グループ長】
-現在の研究開発状況を教えてください。
(印刷加工の技術を活用して電子デバイスを効率よく量産する)ロール・ツー・ロール(R2R)による30cm幅での連続製造はできるようになった。ただ、まだ歩留まりは低いため、安定性を上げたい。また、25年までの完成を目指して1m幅のR2Rの技術開発を平行して進めている。(実用化に向けた課題は)設置場所や用途などに応じた施工方法を一つずつ確定する必要がある。
-御社のPSCの強みは。
耐久性とそれを担保する封止技術だ。液晶のシール材など他の事業領域でこれまで取り組んできた技術の組み合わせで展開できる。
-岸田首相が4月にPSCの量産化を支援する方針を示しました。
海外(の政府レベル)からの問い合わせが少しずつ出始めており、新しい風だと感じている。政府が(量産化を支援する方針を)発信したことで、日本は(PSCの実用化に)本気で取り組んでいると認識された。安全保障の観点で日本製を採用しようという考えがあるようだ。
-事業化に向けた展望は。
25年の大阪・関西万博をお披露目の場に、そこから一気に事業として拡大したい。競合は国内ではない。横の連携や縦の連携を進めてオールジャパンで取り組みたい。
【東芝エネルギーシステムズ・小坂田昌幸首席技監】
-研究開発の現状は。
モジュールの発電効率は16.6%まで上がってきた。課題は耐久性の改善だ。(また、実用化に向けては)どのように使うかの設計が求められる。(例えば、)太陽電池は直流で発電するが、一般的に使われる交流に変換するための「パワーコンディショナー」をどのような形で持つか、エンジニアリングの部分を検討する必要がある。
-御社のPSCの強みは。
発電効率はかなりよい水準に上がっており、さらに伸ばしたい。また、我々は「メニスカス塗布法」という大面積の太陽電池を高効率で生産できる独特の方法を志向している。この方法でうまく生産できれば、低コストを実現できる。電気システムとしての設計方法の検討では本業でやってきた太陽電池システム事業の経験が生かせる。
-政府はPSCの量産化を支援する方針を示しています。期待したい具体的な支援策はありますか。
我々としては新しい製品を作った際に、供給量が増えずに量産効果が出ないことが怖い。その中で、生産規模の判断が求められる。(仮に)半ば強制的な形で設置を推進する意向を国や地域が示せば、市場規模が一定見通せるため、その判断要素になる。
-実用化への展望は。
PSCは桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授が考案された(日本発の)有望な技術。そこに我々の技術が使えるということで取り組んでいる。その結果として、日本や世界のカーボンニュートラルに貢献できればと思う。ただ、我々だけですべてができるわけではない。多様な方と多様な形で協力して、50年(の脱炭素化)に向けて役立つ技術の研究開発に取り組みたい。
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