春闘のあり方変えるトヨタ自動車の危機感
トヨタ自動車が、春季労使交渉(春闘)のあり方を大きく変えている。賃金を議論する場だけでなく、労働環境や人事制度を根本から見直し「新しい会社づくり」を実行する場と捉える動きが鮮明だ。数年前から職場課題の解消を重視した議論を行い、年間を通じた労使交渉を実施するなど土台を積み上げてきた。背景には電動化や脱炭素化といった産業構造の激変期に勝ち残るには企業変革しかない、という危機感がある。(名古屋・政年佐貴恵)
「モビリティーカンパニーへの変革には、イノベーションをいかに創出するかが一番大事だ。これをより促進する人事制度を入れていく」。15日の集中回答日、人事制度改革を回答として組合に提示したトヨタの佐藤恒治次期社長は、こう強調した。トヨタは年功序列の完全撤廃など「トヨタに最も欠けていた」(幹部)という多様性実現に向け、具体的な人事施策を打ち出した。
トヨタがこのように決断できたのは、2019年以降、労使交渉は賃上げだけではなく職場課題を議論する場だ、という認識を労使で共有してきたからだ。その上で、22年春闘は豊田章男社長が初回交渉で満額回答の意向を示し、23年春闘は佐藤次期社長が正式に初回の満額回答を実施。以降の交渉で議論を深める土壌をつくった。
最終回答日、佐藤次期社長はより具体的なアクションを示すことにこだわったという。実効性の確度を高める狙いがあり、春闘のあり方を職場の議論から、実行する場へと一歩進めた形だ。佐藤次期社長は「(集中回答日は)具体的な施策を実行するスタートの日だ」と宣言する。あるトヨタ自動車労働組合の組合員は「今回掲げた制度改革が本当にどこまで実現されるか」と、先行きを見守る。
23年春闘では、インフレの波が押し寄せたこともあり機運が醸成され、多くの企業が賃上げを回答した。日本の産業競争力の底上げには、この流れを継続するだけでなく、産業界全体でさらに深い、その先の議論へと進めることが必要だ。
一方でトヨタの仕入れ先も含め、中小企業の中には職場課題の議論の前に、賃上げもままならない所も多い。あるトヨタ幹部は「利益が出なければ持続的な賃上げにはつながらない。日本全体でいかに国内総生産(GDP)を上げるかの議論が欠かせない」と、政府による成長戦略の後押しを期待する。
トヨタの交渉では「自動車産業への波及効果」を意識した議論も労使で実施。トヨタは賃上げに留まらない新たな“春闘のけん引役”としての立ち位置を意識し始めている。現代では人材に加え、企業経営も多様化している。従来の一律的な春闘のあり方に対し、トヨタが投じた一石の波及効果が注目される。
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