半導体規制で日米蘭連携、装置メーカー「中国事業」に打撃
日本政府が米国、オランダと連携し半導体製造装置の対中輸出規制に乗り出す。日本の半導体製造装置メーカーにとって中国は主要市場の一つ。規制対象は先端工場とされているが、影響は製造の「後工程」を含め広範囲に及ぶと見られる。各社は中国戦略の見直しを迫られそうだ。(編集委員・池田勝敏、山田邦和、編集委員・錦織承平)
先端工場の品目全般、製造技術の習得防ぐ
米政府は2022年10月、中国の軍事力増強につながる恐れがあるとして対中半導体輸出規制を大幅に強化した。中国の先端半導体工場で使う品目全般を対象にした。ここで言う先端半導体には、回路線幅16ナノメートル(ナノは10億分の1)もしくは同14ナノメートル以下のロジック半導体が含まれる。
先端半導体の製造装置は米国だけでなく、オランダ、日本も高い世界シェアを持つ。抜け穴を防ぐために米政府は日蘭に協力を要請。米欧メディアによると、3カ国は先月27日、半導体製造装置の対中輸出を規制することで合意した。
日本は米国とすでに半導体サプライチェーン(供給網)で連携を深めており、規制でも歩調を合わせる格好だ。日本政府筋は「オランダのASMLを巻き込まないと効果は薄い」と指摘。ASMLは1ケタナノメートル台の半導体製造に不可欠なEUV(極端紫外線)露光装置で世界シェアを独占する。ASML擁するオランダ政府の合流は日本政府としても重要な条件だった。
日本政府は現在、中国を念頭に規制対象の検討を進めている。ただ「どこまでが高度な軍事技術に転用可能なのか。その線引きが悩ましい」(政府筋)のが実情だ。英調査会社オムディアの南川明シニアコンサルティングディレクターは、「同じ装置でも18、22、28ナノメートルと、作れる半導体に幅がある。14ナノメートルでぴったり区切るのは難しい」と指摘する。外信によると米政府関係者は日蘭の規制について「米国ほど踏み込まず、実施までに数カ月かかる」としている。
規制強化で日本メーカーの中国事業への影響は必至だ。早稲田大学の長内厚教授は「中国事業が減る分をどう補填するのか。日本政府は考える必要がある」と指摘。例えば米国の半導体工場で使う部材について日本製を優先するといった支援を想定する。「米国の旗振りで日本も同調するわけだが、はしごをはずされた時のことも想定すべきだ」とする。
楽天証券経済研究所の今中能夫チーフアナリストによると、米政府が対中規制を強化した22年10月以降、中国では14/16ナノメートル以下の工場建設が止まった。米アプライドマテリアルズや米ラムリサーチが中国への輸出を制限したためだ。これに伴い、東京エレクトロンの中国向け輸出も停止している。「米国に遠慮しているからではなく、工場建設が止まっているから出荷できない」と今中氏は説明する。
すでに思惑通りの効果は出ているようだが、それでも米政府が日蘭に協力を求めたのは、「中国メーカーが日蘭メーカーと協力して先端半導体の製造技術を習得することを防ぐため」(今中氏)。例えば、EUVより一世代前の「ArF液浸」露光装置はニコンが世界シェアの一角を占める。ArF液浸を複数台利用すればコストはかさむものの、1ケタナノメートル台の半導体が製造可能だ。中国の半導体受託製造大手SMICがこの方法で7ナノメートル世代の量産に成功したとされており、「ArF液浸も中国向けを止めてくれというのが米国の言い分だろう」と今中氏は指摘する。
販売比率3割、半減の懸念も
半導体が日本を代表する産業の一つだった80年代に技術を磨いた国内の半導体製造装置メーカーはその後、海外に販路を拡大。世界規模に成長した。現在では世界の半導体装置メーカー上位15位のうち7社が日本企業だ。
半導体装置メーカーの販売先として存在感を増しているのが中国。業界団体のSEMIがまとめた統計では、世界の半導体装置メーカーの21年の中国向け販売額は296億2000万ドル(約3兆9130億円)で、地域別では台湾や韓国を抜き首位。過去10年で8倍以上に成長した。
日本の半導体装置メーカーの販売に占める中国向け比率は約28%。後工程専業ファウンドリー(OSAT)大手が中国に多いため、ディスコで同約31%と後工程装置メーカーの比率が高い傾向があるが、前工程装置を多く手がける東京エレクトロンやSCREENホールディングスも同約26%(いずれも22年3月期)に達する。
米国が先端半導体の対中輸出規制に単独で踏み出した22年10月以降、日本の半導体装置メーカーの一部には業績への影響がすでに出ている。東京エレクトロンの川本弘ファイナンスユニットジェネラルマネージャーは9日の決算会見で、10―12月期の半導体装置の売り上げに占める中国向け比率が22%と前年同期から4ポイント(金額で約300億円)減ったのは「実需の落ち込みに加え、対中規制強化も一因」と話した。
中国の半導体メーカーが米国勢の装置を購入できなくなったことに伴い、東京エレクトロンが手がける装置の購入も見送ったためと見られる。
今後、日本の半導体装置メーカーへの影響はさらに広がるのか。オムディアの南川氏は「中国向けビジネスの半分以上がなくなる可能性がある」と指摘する。前工程装置の場合、性能を線幅で厳密に区切るのは難しく、おのずと規制する装置の範囲も広くなる。
規制を免れた前工程装置の需要も落ちる可能性が高い。中央演算処理装置(CPU)などにはさまざまな線幅が共存しており、露光装置で言えばi線やKrFなど旧世代も使う。EUVやArFの露光装置が入手できなくなれば、それに伴って旧世代の装置を導入する必要もなくなるという流れにある。
動向注視、戦略の見直し必要
23年の中国の半導体装置市場は前年比35%減になるとの予想も一部にある。半導体の生産量に需要が左右される後工程の製造装置も今後落ち込むと見るのが妥当だ。半導体装置メーカー各社の口は一様に重い。「詳細についてのコメントは控えたいが、無視できないリスクであることは間違いない。引き続き今後の動向を注視し、適切に対応していく」と東京エレクトロンの河合利樹社長兼最高経営責任者(CEO)は決算会見で話した。ニコンの德成旨亮専務執行役員最高財務責任者(CFO)も「仮に日本政府から正式に発表があり、ガイドラインが明らかになれば、ルールに従って行動していく」と述べるにとどめた。ニコンはArF露光装置で約8割とされる北米顧客の依存度を減らすため、中国を含むアジアの新規顧客を開拓してきたが、今後は戦略の一部見直しを迫られる可能性もある。
今回の規制強化で一方的に損失を被ることがないよう、政府に主体的に働きかけつつ、適切な情報発信で市場や取引先に安心感を与える努力が日本の半導体装置メーカーには欠かせない。
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