事業のバトン、どう託す?経営者が語る親族外承継

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AZホールディングスの籔内社長

経営のバトンを託したのは30歳年下


 経済書から女性誌まで出版物の校正を幅広く手がけるディクション(東京都千代田区)。創業者の小山優子さんは、この道、40年以上の大ベテラン。その小山さんが14年に経営のバトンを託したのは自身より30歳年下の志村かおりさん。現在は新体制を遠くから見守る立場だ。

 後継者問題に腐心する企業が多いなか、ディクションの特異点は、後継者候補として社員から手が挙がったことだ。中でも志村さんは13年にわたり、小山さんの背中を見てきただけに「培ってきたノウハウや取引先からの信頼を、小山さんの引退によって散逸させたくない」(志村さん)との思いが強かった。新会社設立という手法も選択肢ではあったが、小山さんの理念を忠実に受け継ぐには、「従来の会社組織のまま事業を発展させていく方がいい」(同)。同じく小山さんの右腕となってきた現専務の佐藤由加さんとともに事業を引き継いだ。

 無借金経営だったことが奏功し、後継者が自社株式を買い取る際に生じる保証債務の問題には直面しなかった。逆に内部留保の厚さゆえに株価の高さがネックとなった。小山さんに退職金を支払う形で株式の評価を下げ、資本金相当分のみを承継する形で何とか後継者の資力の範囲内での株式移転が無事、完了した。

 技術やノウハウ、取引先からの信頼といった、財務諸表には表れない「見えない強み」―。これらは往々にしてオーナー経営者に属人的な要素であり、会社組織という「器」は次代に承継できても、「中身」を伴わないケースは少なくない。同社の事業承継を助言した専門家は「小規模の企業ほど社長の属人性が高いが、ディクションはこれを組織としての信頼性に変えてきたことが円滑な事業承継のポイント」と指摘する。その秘訣(ひけつ)を小山さんに尋ねると、淡々とした口ぶりでこんな答えが返ってきた。「仕事の質にこだわり続けてきただけ。社員はそれを見てくれていたのでしょう」。

政府の施策さまざま


 ふたつの事例は、いずれも企業としての実績や信頼を高く評価するM&A先や理念を受け継ぐ後継者の出現が重なった幸運なケース。事業承継に悩む多くの経営者の目には、ごくまれな成功事例と映るかもしれない。とりわけ中小企業専門のM&Aは、民間にとっては採算に乗りにくいため、支援の担い手が育ちにくい。企業側も将来に対する漠然とした不安をどこに向けたらよいか分からないのも実情だ。

 中小企業や小規模事業者の事業承継について、国はこれまでさまざまな施策を講じてきた。中小企業の経営者を対象に相続税や贈与税を猶予する「事業承継税制」の適用要件を緩和したことは一例だ。親族外でも税制優遇を受けられるようになった。

 また、中小企業の後継者探しを支援する「事業引継ぎ支援センター」の整備も全国規模で進められており、この3月にはすべての都道府県での設置が完了する。ただ、税制優遇の利用件数も、センターによる事業引き継ぎの成立件数も潜在的なニーズの大きさに比べれば、まだまだ少ないのが実情だ。

 今年、中小企業庁が、意欲を示すのが非上場株式の評価方法の見直しだ。上場企業の株価上昇に伴い、非上場の中小企業の株式も想定以上に高く評価され、円滑な事業承継の妨げとなっているためだ。
 
中小企業は雇用の担い手である同時に、社会のニーズにきめ細かく応える商品やサービスを提供することで社会的な価値を生み出す存在。その価値を持続させるには「事業が円滑に次代にバトンタッチされることが極めて重要」。政府はそう考えている。

日刊工業新聞2016年2月9日付日刊工業新聞深層断面

COMMENT

神崎明子
デジタルメディア局
編集委員

経営のバトンを託した側と受け継いだ側。今回の取材では事業承継をどう実現したのか新旧経営者に同席してもらい、それぞれに話を聞きました。今回、取り上げた2社はそれぞれ独特の企業風土を醸し出していて、事業承継とは、目には見えない企業の「香り」のようなものを含めて受け継いでいくことなんだと実感しました。

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