量子コンピューターの部材産業は日本で生まれるか
東京大学が米IBMとの契約に基づいて浅野キャンパス(東京都文京区)に置く「量子コンピューター・ハードウエア・テストセンター(QHTC)」が発足から1年半となった。これまでの活動を報告するシンポジウムがこのほど開かれ、量子コンピューターの技術革新に必要な部材や装置の評価を行うテストベッド(検証施設)の詳細などが明らかになった。今後、量子コンピューターの部材を製造する産業が日本で生まれるか注目される。(編集委員・斉藤実)
シンポジウムは、東大を中心に18社・団体が参加する量子イノベーションイニシアティブ協議会(QII協議会)が主催。研究成果の報告とともに、QHTCの目玉となるテストベッドの活動について紹介した。
IBMが門外不出としてきた超電導方式の量子コンピューターの実機は米国以外にドイツやカナダにもあるが、実機に加え、ハードウエア開発用のテストベッドがあるのは日本だけ。IBMの量子コンピューターは商用機と銘打っているものの、超えねばならない技術的な障壁は、まだ多い。極低温を実現する冷凍機や高品質な信号伝送に必要な高周波部品や配線といった主要な部材や装置の性能の強化では日本のモノづくりの力を活用しようというわけだ。
例えば、室温で動く制御装置と、極低温が必須の超電導装置を結ぶケーブル。制御用のマイクロ波パルスはケーブルを介して、超電導装置に格納された量子プロセッサーを制御する。量子プロセッサーで処理した測定データは増幅し、室温装置へと戻す仕組み。
仙場浩一東大大学院理学系研究科特任教授は「マイクロ波パルスの通り道となるケーブルなどの部材は、既存のものでは冷凍機の中に収まりきらず、さらに発熱によって量子プロセッサーが冷却できなくなってしまう」と語る。テストベッドではIBMが示す性能条件に基づいて同社の技術者が部材や装置を測定し、評価データをフィードバックしながら性能を高めていく。
QHTCで行う測定は3種類。極低温環境での周辺機器の性能評価用に作られた5量子ビットのプロセッサー「Tsuru(ツル)」を用いたテストでは、各種部品や装置をつないだ場合の量子性を保つコヒーレンス時間や、「量子ボリューム」と呼ぶ性能指標などを測定する。
このほかQHTCでは低温での材料特性として、希釈冷凍温度までの抵抗の四端子測定やロックイン測定を行う。さらに「S―パラメーター」と呼ぶ測定では異なる温度ステージでのマイクロ波の応答特性を測定する。
QHTCではこれらの評価活動を加速するため、企業や団体によるテストベッドへの参加を広げる考え。「スマートフォンを構成する高集積の部材の多くは日本製であり、日本の産業界にとっては大きなチャンス」(仙場東大大学院特任教授)であり、新産業の創出につながるか注目される。