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海上農業も…食料危機の克服に技術で挑むスタートアップの正体

海上農業も…食料危機の克服に技術で挑むスタートアップの正体

モイスカルチャーを採用した農業施設。10分の1の水量で野菜を生産

気候変動は食料安全保障にも脅威となっている。科学者は異常気象によって農作物の収穫量が減り、2050年には穀物価格は最大23%上昇すると予測する。世界の人口を支える食料システムは維持が難しくなり、紛争の火種となる恐れがある。温暖化の抑制だけでなく、食料危機の克服にも企業の技術の出番がある。海上農業を目指すベンチャー企業も登場した。

【湿気で栽培】特殊繊維培地で“超節水”

9月上旬、三重県多気町で再生可能エネルギーの電気で稼働する農業施設が完成した。取り付けた太陽光パネルは家庭用と同規模の出力5キロワット。これだけで施設15棟(2000平方メートル)の電力を賄い、イチゴを栽培する。

通常の10分の1の水量で植物を育てる農法を採用したため、送水に大きな電力を必要とせずに省エネ化できた。この農法を開発したCultivera(カルティベラ、沖縄県恩納村)の豊永翔平社長は「太陽光発電で野菜を育て、余った電力を地域に供給する」と、農業と再生エネが共生した将来像を描く。

モイスカルチャーで栽培して湿気中で根がはえた野菜の根。温暖化に強くなる

“超節水”の秘密は野菜を育てる人工培地にある。培地は水を気化させる特殊な繊維できており、野菜は培地内の根が湿度を取り込んで成長する。与える水は最小で済み、排水もない。カルティベラは農法を「モイスカルチャー」と名付けた。土耕でも水耕でもなく、モイスチャー(湿気)で野菜を栽培するためだ。「植物は土の中だと勘違いし、根で土をつかもうとして湿気中根が出てくる」(豊永社長)と解説する。白くて綿毛のような湿気中根が、植物の潜在力を目覚めさせる。

豊永社長によると湿気の中で根が発生した野菜は10度―15度Cの温度変化に耐えられる。20度Cを好む品種なら5度―35度Cの範囲で栽培できる。猛暑が野菜の品質を低下させる問題が起きているが、モイスカルチャーなら温暖化の影響を抑えて栄養価の高い野菜を生産できる。これまでにイチゴやトマト、ハーブ、ニンジンなどの栽培に成功した。

すでに海外展開が視野に入っている。節水、省エネで温暖化にも強いモイスカルチャーは、干ばつで農業が難しい国や地域の食料生産に貢献できる。

【海上農業】気候難民に食料届ける

さらに海にも進出する。海上建築を研究するN―ARK(浜松市中区、田崎有城社長)と連携し、海上に農園を築く計画中だ。海水を雨水で薄めて気化し、野菜に与える。海水にはミネラルなど栄養成分がそろうので、肥料は不要となる。

「海上農業の最大の目的は気候難民を救うこと」(豊永社長)と言葉に力を込める。気候変動が進行すると海面上昇や砂漠化で生活の場を失う人々が増える。そうした気候難民に食料を届ける手段が海上農業だ。

海上での農業のイメージ。海水を希釈して野菜を育てる

カルティベラの創業は16年。それまで豊永社長は考古学を学んでいた。小学6年の時、米同時多発テロに衝撃を受けた記憶から「古代文明の滅亡は食の供給システムの崩壊が原因。土地に左右される農業を続けていると再び衝突が起きる。土地に依存しない農業を確立したい」と思いを語る。

科学者が温暖化の影響を評価する国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は19年、土地関係特別報告書を公表した。その中で気候変動が招く洪水や干ばつは土地を劣化させ、農作物の収穫量を減少させると予測。さらに「極端な気象は強制移住の増大や食物連鎖のかく乱、生計への脅威、紛争につながるリスクを悪化させる」と警鐘を鳴らした。

気候変動が食料安全保障の問題として急浮上している。企業は技術を生かすことで、農業の省資源化や食料生産性の向上に貢献できる。

土地利用と気候変動 “砂の脅威”で耕作地が減少/国立環境研究所地球システム領域 領域長 三枝信子氏

人類による土地利用と気候変動にどのような関係があるのか。IPCC土地関係特別報告書の執筆に参加した国立環境研究所地球システム領域の三枝信子領域長に聞いた。

―土地利用がCO2排出量を増やしていると聞きます。その理由を伺います。
 「森林を伐採すると樹木が蓄えていたCO2が持ち出され、大気中に出したとカウントされる。直近では土地の利用変化によるCO2排出量は、世界全体の人為起源排出量の1割を占める。森林伐採の主な目的は耕作地や牧草地への改変だ。ほかにも熱帯林を伐採してパーム油を生産するアブラヤシ林やゴム林に変えた土地もあるが、私の感覚では土地利用に伴うCO2排出は、食にかかわる部分が大きい」

―気候変動が進行すると、どのような影響が出ると予測されますか。
 「突然、砂漠化するのではない。もともと乾燥していて農作物が育ちにくい土地が、さらに雨水が不足したり砂塵(さじん)嵐に襲われたりして食料生産量が減少する。砂丘が移動して耕作地を砂が覆う“砂の移動”も脅威だ。家畜の生産も減る。極端な気候は食料供給を阻害し、穀物は価格が上昇して飢餓に苦しむ人が増える。土地関係特別報告書は2050年に1・5度Cの気温上昇に抑えたとしても水不足の脅威にさらされる人口は1億7800万人に達すると予測する。温暖化が進むほど飢餓人口は増える」

国立環境研究所地球システム領域 領域長 三枝信子氏

―土地をめぐる気候変動対策と食料生産との競合も指摘されています。
 「化石燃料に依存したまま1・5度Cに抑えようとすると、排出したCO2を吸収させる大規模な植林が必要となる。バイオマス発電の燃料にする植物を大量生産する土地もいる。だが、土地は圧倒的に足りないため、牧草地や耕作地を森林に変えないといけない。耕作地が減る分、食料生産性を向上させないと世界の人口を支えられない。一日も早く化石燃料起源の排出を削減することが第一だ」

―ほかに1・5度Cに抑制するためにできることは。
 「食料システムをはじめとする生産プロセスの脱炭素化だろう。海外で生産した食料や飼料用作物などを大量輸入するとCO2を発生させることになる。どこかの誰かが悪いのではなく、生産から廃棄までのシステム全体を見直さないと改善されない。世界でも日本でも、農業残さを家畜のエサにして地域で循環できる規模で牧畜をやってきた例がある。できるだけ土地の食べ物を消費することも重要な削減策だ」

日刊工業新聞2022年9月30日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
農業はまだまだ進歩の余地があるのだと気づかされました。植物工場はランニングコストが高いと言われていましたが、イメージが変わりそうです。麦など穀物の栽培にも挑戦するとのことで楽しみです。

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