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地政学的変化に対応へ、文科省が目玉に掲げる「国際共同研究の強化」の全容

“トップのトップ”狙い、ネットワーク構築支援

2023年度概算要求はウクライナ危機後初の本予算折衝になる。米中対立などの地政学的変化を受け、文部科学省は国際共同研究の強化を目玉に掲げた。米国などの先進諸国とは国や研究資金配分機関主導のトップダウンで共同研究を組成する。同時に中国をはじめ、世界に向けて広く研究者主導のボトムアップの共同研究を促す。(小寺貴之)

「日本の科技政策はtoo little too late(少な過ぎるし遅過ぎる)と言われてきた。新事業でトップのトップを取りにいく」と文科省の大土井智参事官は説明する。先端国際共同研究推進事業として35億円を新規に要求した。同事業は2国間での共同公募という形式を想定する。政府同士の合意の下で双方の資金配分機関が投資分野や研究資金、評価体制などを決め、双方の研究者を支援する。

米国の半導体や人工知能(AI)、ドイツの水素、英国のゲノム研究など、世界トップの研究者たちの中でもさらにトップの研究チームを狙ってネットワークを作る。最大で年間1億円、5年以上の支援を想定する。

背景には日本人研究者の存在感低下への危機感がある。科学技術振興機構(JST)の橋本和仁理事長は「『日本の研究レベルはまだ高い。だが海外から見えなくなっている』と各国大使館の担当者は異口同音に懸念を挙げる」と説明する。ウクライナ危機後、欧米では連携先を中国から日本に振り向ける動きはあるが、国際学会や国際科学誌の要職にある日本人が減り、顔の見えない関係になっていた。東京大学の相田卓三教授は「中国は国として戦略的に国際学会などを誘致してきた。日本は手弁当」と指摘する。

文科省では大学の世界展開力強化事業として、米国との大学間交流形成支援を新規に10億円で始める。日米の大学でオンライン教育プログラムを構築。日本人学生のマインドセットを変革する。3000万―4000万円の交流事業を23件、1億6000万円の拠点形成事業を1件採択する。文科省の大学強化の国際関連予算は同373億円から394億円へ増額要求になる。

23年度は西側諸国との関係強化に動くことになる。ただ中国は論文の量と質が共に世界一の科学技術強国になった。パージする選択肢はない。そこで予算としては科学研究費助成事業の国際先導研究枠を受け皿とする。要求額は110億円。研究者が自由に提案できる予算だ。西側諸国とはトップダウン、それ以外はボトムアップで関係を強化する。国際展開に関わる科技予算は同138億円から192億円に増額する。

課題は大学内にさまざまな要求のプロジェクトが混在する点だ。留学生の関与を含め、共存可能な管理体制の構築が求められる。これを大学に委ねるだけで十分なのか。大土井参事官は「まずはプロジェクト単位で構築することになる」と説明する。大学全体を変えるには時間がかかるためだ。個々プロジェクトごとに要件を決め、共存するモデルを広げる。大土井参事官は「こうした機能はますます重要になる。24年度以降も強化していく」と力を込める。

日刊工業新聞2022年9月5日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
2023年度は西側諸国との関係強化に動きます。中米摩擦やウクライナ危機を経て、科学にも国境ができてしまいそうです。一方で西側諸国が作成するランキングで世界一になった中国をパージするなんてありえません。経済安全保障を含め、大学にさまざまな管理体制のプロジェクトが混在することになります。これを研究室や大学に任せて進むのか。適切な管理ができていることを、どう関係諸国に示すのか。現場任せにせず、国として諸外国に説明できる形で体制を組まないといけません。へたをすると厳しい管理を要求されて、要求した国は自国では騙しだまし運用していることにならないとも限りません。下請けの悲哀は国内だけで十分です。すでに日本の科学技術の優位性は薄れていて、今後も短中期での停滞が見込まれる中で、研究者は国際的なポスト争いに勝っていかないといけません。年間35億円で足りるのか。基金化して中長期で後押ししなくていいのか。補正予算で前倒するなど、うまく使えないかと思います。

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