短期間でスタートアップ軌道に、内閣府SIP「異色プログラム」の全容
内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で異色の研究開発プログラムが立ち上がる。国の研究プラットフォームを駆使してスタートアップを短期間で軌道に乗せる。挑戦するのは研究から事業化まで時間のかかるマテリアル分野だ。成功モデルを示せれば、農食や医療、防災などの公的な研究データがそろう分野に展開できる。研究開発投資と起業支援を結ぶプログラムになるか。(小寺貴之)
「スタートアップにはテクノロジーリスクとマーケットリスクがある。前者は国が整備してきた研究プラットフォームの活用でリスクを抑えられる」とユニバーサルマテリアルズインキュベーター(UMI、東京都中央区)の木場祥介社長は説明する。本職はベンチャーキャピタル(VC)の代表だ。第三期SIPのプログラムディレクター(PD)候補に選ばれ、2022年度は事業性調査を進めている。
SIPは社会課題に対して産学官が事業化を見据えて技術開発を進めるプログラムだ。激甚化する災害に備える防災ネットワークや分散型電源のエネルギーマネジメントシステム、食料安全保障に向けたフードチェーンなどを開発する。木場社長は先端研究設備やデータ基盤などの研究インフラを駆使して新材料を迅速に開発する基盤技術を整備する。
スタートアップに投資する際、VCはスタートアップが掲げる技術がいつできるのか、その技術を市場が受け入れるのはいつか勘案する。新材料は市場に広がるまで時間がかかるため、国連の持続可能な開発目標(SDGs)などの時間はかかっても確実に必要とされる技術を選ぶ。そして開発コストを抑えて期間を短縮するために研究インフラを活用する。そこで事業性調査では日本にどんな研究インフラがあるかリストアップを進めている。
これまで経済産業省や文部科学省、農林水産省など、各省が研究開発事業を立ち上げ、研究拠点を整備してきた。拠点同士で切磋琢磨し、その分野の中核機関を目指して設備投資やデータ整備を進めている。ただ事業予算が切れたら拠点としての活動を終える機関が少なくなかった。これまでの研究投資を生かす意味でも内閣府事業で現在の稼働状況を総ざらいする。
ここにはさまざまな研究プラットフォームが寄せられている。例えば文科省事業ではマテリアル先端リサーチインフラとして全国の大学など25機関が保有する研究設備の情報が集約されている。京都大学は高分子、九州大学はナノチューブやナノシートなどのナノ構造体(ナノは10億分の1)、名古屋大学はバイオ材料の加工・分析環境をもつ。これらの計測データは物質・材料研究機構に集められ人工知能(AI)で学習したり、データ科学で分析したりできるようになる。
生命科学が強い理化学研究所はバイオリソースのデータを整備する。モデル動物の遺伝子やたんぱく質発現、細胞培養などのデータが蓄積される。経産省傘下の産業技術総合研究所では材料を製造する過程のプロセスに焦点を当てたインフォマティクス活用が進む。材料から製造条件まで一気通貫にデータ駆動で迫れると、開発期間を短縮できる。
SIPでは研究者が各研究プラットフォームの情報を参照して効率的に開発を進める計画を練る。さらに「スタートアップが大学などの研究設備を使う際に使用料をストックオプションなどで払える環境作りを進めたい」(内閣府)。研究機関とスタートアップでリスクと便益を分け合う仕組みだ。すでに東京大学は実施しており、文科省も局長通知で認めている。インキュベーション施設の部屋代や分析費用をストックオプションや特許料収入などで払えればテクノロジーリスクを抑えられる。
価値追求、目指せユニコーン/ユニバーサルマテリアルズインキュベーター社長・木場祥介氏
UMIの木場祥介社長にSIPの構想を聞いた。
―テクノロジーリスクは抑えられても、マーケットリスクは低減できますか。
「SDGsなど、普遍的な価値や課題に挑戦するテーマを選ぶ。世界に目を向けるとマテリアルのユニコーンは何社もある。日本も企業価値上位10社に素材系のTBMとSpiberの2社が入っている。研究者が自分たちもユニコーン(時価総額10億ドル以上の未上場企業)を目指せると自覚することが重要だ。すでに技術はある。大きな絵を描きビッグテーマを生み出す仕組みが必要だ」
―研究者にビジネスが分かりますか。
「SIPの事業性調査で『木場道場』を始めた。私がメンタリングして申請予定テーマのブラッシュアップを手伝う。これに先立ち高分子学会でピッチコンテストを開き、メンタリングを実施している。例えば工場の揮発性有機化合物(VOC)吸着素材の提案は我々とビジネスモデルを探る中で二酸化炭素(CO2)分離技術になった。芳香剤材料は徐放性の点眼薬になった。ターゲットを変えるだけで大きな市場を狙える。技術はいいものがある。どんな課題に適用するかでユニコーンを目指せる」
―量産段階で巨額の資金が必要です。国内で調達できますか。
「日本に閉じた仕組みでなく、グローバルに開いた仕組みを作りたい。ここにVCの人間がPDになる意味が出てくる。SIPでは事業化後に5億―10億円を資金調達することも目標に入れようと考えている。好循環を起こすフレームワークを示し、産業界を活性化していきたい」