Sozo中村氏「日本は立ち上げ期」。米国との比較で見るバーティカルSaaSの行く末
「日本のバーティカルSaaSは立ち上げ期」。Sozo Venturesの中村幸一郎氏はこう言い切る。後半は米国の先進事例から今後のバーティカルSaaSの行く末を中村氏と、建設業界向けの管理書類作成・管理SaaSのMCデータプラス(東京都渋谷区)の飯田正生社長に語ってもらった。(取材、執筆:企業データが使えるノート 早船明夫、西谷崇毅)
中村幸一郎:Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター。早稲⽥⼤学法学部在学中にヤフージャパンの創業・⽴ち上げに孫泰蔵⽒とともに関わる。三菱商事では、通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーションファンドの事業などを担当。早⼤法学⼠、シカゴ⼤学MBAをそれぞれ修了。⽶国のベンチャーキャピタリスト育成機関であるカウフマンフェローズを2012年に修了。同年にSozo Venturesを創業。ベンチャーキャピタリストのグローバルランキングであるMidas List100の21年版に日本人として72位で初めてランクイン、22年度版のランクでは63位。シカゴ大学起業家教育センターのアドバイザーを22年より務める。
飯田正生:一橋大学商学部卒業後、1996年三菱商事入社。経理、営業経験を積んだ後、三菱商事の子会社2社でそれぞれ執行役員、取締役を務め、経営企画、新規事業開発まで幅広く携わる。18年9月よりMCデータプラス社長に就任。
―米国のバーティカルSaaSとそれに投資するベンチャーキャピタル(VC)の現状をどのように捉えていますか。
中村氏:アメリカでは金融、物流、製造、ヘルスケア、環境系のテック企業に対する投資割合が大きく、宿泊業や小売業、教育系が上位に来ている日本とはギャップがあります。
またグローバルでは、バーティカルSaaSは断片化している市場で寡占化しています。デジタル化あるいは標準化するハードルが高い業態や市場ほど、閾値(しきいち)を超えると寡占状態になります。
例えば国際物流において、我々が投資している米フレックスポート以外に代表的なプレイヤーは存在しません。大手向けに利益率が低いコモディティな製品を提供している例はありますが、関税手続きやレギュレーション対応のようなノンコモディティ系の取引を中小企業にまで広げて提供できるのは同社だけです。
また市場を寡占するプレイヤーが現れると投資家も寡占化するようになります。共同投資しているVCもファウンダーズファンドとエマージェンシーキャピタルの二強です。
また同社に出資していると、周辺のレギュレーション系や環境系の企業でどこが次のリーディングプレイヤーになっていくのかが見えてきます。
今後米国では、メディカル領域、その次に環境系や建設系のプラットフォーマーが現れるはずです。そうした分野のトップファンドやスタートアップと信頼関係を作り、我々はグローバル展開をサポートしながら周辺領域の会社にも投資していく、という戦略をとっています。
こうした投資家を含めたエコシステムが大きくなるとプレイヤーの成長も加速します。そうした米国の状況と比較すると、日本のバーティカルSaaSはまだ立ち上げ期と言えます。
米国の高成長バーティカルSaaSがとる2つの戦略
―米国のバーティカルSaaSではどのような成長戦略がとられているのでしょうか。
中村氏:米国では顧客を面で押さえた後、大きく2つの戦略がとられます。
1つはコンプライアンス系の機能拡張をすることです。例えば、各業界での当局対応に必要なレポーティング形式をデファクト化していきます。
飯田氏:SaaSによって、国で定められた書類を作成、保管していくコンプライアンス対応のニーズは確実にあります。国内で薬局向けのサービスを手がけるカケハシ(東京都中央区)の中川貴史最高経営責任者(CEO)と対談した際も、業界全体で必要な対応について積極的に必要性を発信していると言われていました。
中村氏:もう1つは金融サービスへの進出です。
プラットフォームを通じてオペレーションのデータを取れていれば、収益化できるポイントが多くあります。データに基づいて、企業に資金を貸したり、保険サービスを提供できます。フレックスポートは30%以上が金融サービスでの収益になっています。
物流取引におけるキャッシュフローのデータを通じて、「どのビジネスが上手くいっているか」という金融機関が持たないユニークなデータが取れます。そうすると同社しか資金を貸せないし、利率の競争も生まれません。
飯田氏:日本では、クラウド会計のfreeeやEC構築サービスのBASEが金融サービスに進出しています。freeeは企業の手元にある現金の情報を、BASEはECを通じて注文の量などのトランザクション(記録など一連の処理)の情報を押さえているので強みがあるのでしょう。
中村氏:デジタル化する難易度が高い領域で寡占していくと、顕在化していないファイナンスや保険サービスのニーズがあり、そこがドル箱になります。
eコマースや金融サービスのようにデジタル化しやすい領域に比べ、マニュファクチュアやロジスティクス、他には環境系や建設系はハードルが高いです。これらの領域は断片化している上、さまざまなデータが現場ベースになっているので、デジタル化するハードルがあるのです。
―SaaS×フィンテックは国内でも注目を集めています。米国で先進的な例はありますか。
中村氏:フレックスポートは貸し倒れがほぼないレンディングサービスを提供しています。
中小企業が国際的な輸出入を同社のプラットフォーム上で行うようになると、キャッシュフローに困ります。これまで商社などに輸出入と合わせて委託していた輸入関税の支払いが必要になるからです。例えば、中国から部品を輸入してアメリカで組み立てヨーロッパへ輸出する場合、一度アメリカで輸入関税を払う必要があります。ただし数ヶ月以内に輸出すれば、この関税は一部還付で返金されます。
ですが中小企業のキャッシュフローにとって、この輸入関税分の一時的な支払いは大きな負担ですし、還付手続きも手間です。その上、輸入関税の計算方法は複雑で、衣服のボタンの製造国がどこかなどによって関税が異なってきます。同社のシステムではボタン1つで資金を借りることができます。高い利率で貸していますが、ユーザーはほかに選択肢がないので相見積もりをとりません。
いくら還付されるかは初めから分かっています。数ヶ月で完済されるプロジェクトローンなんて、金融機関からすれば喉から手が出るほど欲しいでしょう。ですが銀行に判断できない細かいビジネストランザクションの理解が必要で、ここはまさにバーティカルSaaSが押さえる領域です。こうした例は建設業界にも多く眠っているでしょう。
―特定の業界におけるグローバルSaaSの成功要因は。
中村氏:専門知識があるメンバーがいたり、専門家が集まったドリームチームを作っていたりするパターンが多いです。MCデータプラスのように商社の信用を生かしているのは日本独自のパターンです。
フレックスポートには、米アップルの部品調達の輸入関税手続きを担当し、業界標準の関税手続きデータベースを作成、管理していた人物が始めています。データベースを業界で使っていたので、サービスを始める際に自分のユーザーに声をかけました。
一方で、物流企業の荷物配送状況の追跡プラットフォームの米プロジェクト44は叩き上げのカリスマがいて、800種類あるアメリカの全米のトラック業界のシステムを全てAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)統合しました。こういう特殊なノウハウがある人も成功しています。
―各業界でバーティカルSaaSが立ち上がっていくためのポイントは。
飯田氏:コンプライアンス対応や業法対応のニーズから発展していく可能性はあります。
また初めにどのように信用を獲得していくかもポイントです。我々は三菱商事の後ろ盾があったので元請会社からの信用も得られましたが、一般にはハードルが高いです。
中村氏:バーティカルSaaSが差別化要素を作りやすい領域とそうでない領域があると思います。差別化しにいくい領域では、ホリゾンタルSaaSが参入する可能性が強く、ユニットエコノミクスもあまり取れません。
代表例はBtoC系のSaaSです。証券管理のアドバイスをするロボアドバイザーのようなサービスが流行りました。ですが大手の金融機関がサービスを始めると差別化しにくく、結局安売り競争になってしまいます。
スタートアップは中小企業のなかで情報がデジタル化されていないところや、コンプライアンスやレギュレーションへの対応が必要な領域で勝負すると良いのではないでしょうか。
これまで日本のスタートアップの特徴は、一件当たりの投資金額も小さく、テーマも狭いためビジネスの拡大も限定的でした。このような状況から、単一事業から複合的な事業の広がりを持ちつつグローバルマーケットに挑戦するようなスタートアップが出なければいけません。論より証拠を示すべく、私たちも国内発でグローバルに勝てる企業に投資を行っていきます。
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