性差視点で研究開発、注目集まる「ジェンダード・イノベーション」の有望分野
性差に注目して研究開発に取り組む「ジェンダード・イノベーション」(GI)が注目されはじめた。医薬品の効き方や工業製品の使い勝手など医学や生活科学分野で有望だ。人工知能(AI)がジェンダーバイアス(偏見)を強める例も社会の関心を高めている。学術研究でも社会課題解決でも、多様性による価値創造がさらに進みそうだ。(編集委員・山本佳世子)
GIは生物的性差(セックス)や社会的性差(ジェンダー)に目配りすることで、新たな社会的価値を生み出すものだ。例えば心疾患や血管狭窄(きょうさく)で男女の発症の場所や形態が違う、女性の方が男性より睡眠導入剤の効きが長い、骨粗しょう症の通常の診断法では男性患者を見逃してしまうなどの例が知られる。工学ではシートベルトやエアバッグの開発者が男性に偏り、妊婦や乳がん手術後患者のユーザー視点が欠けていたケースが有名だ。
女子大学では家政学や生活科学の伝統があり、工学よりGIになじみやすい面がある。日本女子大学は家政学部住居学科を基に、建築デザイン学部(仮称)を2024年度に設置する計画だ。篠原聡子学長は「かつては女性1人の機能的な家事を想定していたが、近年は夫婦で料理をするキッチンのニーズが寄せられる」と、社会の意識変化が研究現場を変える様を説明する。
ジェンダード・イノベーション研究所を4月に設立したのはお茶の水女子大学だ。石井クンツ昌子理事は「通常の分野別の研究にGI的な視点を入れていく。そのため生物、工学、建築、心理、食物栄養などの研究者の文理融合が力になる」と強調する。
情報分野ではデータサイエンスにAIの機械学習が使われ、伝統社会の男女観を強める問題が注目されている。「性に加え人種、職業などでのバイアスは、従来は現場のさじ加減で調整されていた。しかし人からAIに置き換わると、格差を広げる作用が出てしまう」と同大の伊藤貴之教授は説明する。データ手配や動作検証は人の役目であり、担当者が多様であればデータの偏りにも気づきやすくなる。この点は女性研究者増の必要性と絡んでくる。
伊藤教授はバイアスを見つけるための情報可視化に取り組む。富士通との共同研究では空調の温感の男女差を調べた。その結果、「女性は男性より個人差が大きい」「秋は他の季節より各人の感じ方が多様」といった傾向を明らかにした。
GIは、米スタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授の提唱で始まり、欧米で広まった。日本は女性研究者増が遅れており、この流れに乗れずにいた。
科学はバイアスを乗り越える根拠になる。これまで能力など「男女に差はない」とするさまざまな研究がされてきた。しかし公平な社会が築かれていれば、前向きに性差を捉えるGIは受け入れられやすい。日本は女性活躍推進とGIが並行して進む独特のモデルになるかもしれない。
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