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「M&A」と「廃業」の間で多くの経営者が悩む理由

『後継者不在、M&Aもうまくいかないときに 必ず出口が見つかる「縮小型事業承継と幸せな廃業」』著者島根伸治氏インタビュー
「M&A」と「廃業」の間で多くの経営者が悩む理由

島根伸治氏

前向きな解決方法を提案

―外部企業への会社売却を含めた事業承継について、特に構造不況業種の経営者に向けた内容です。

「つい先日、こんな案件をまとめた。構造不況業種の中小企業が、別の中小企業に自社を譲渡した。会社は現経営者が事業を引き継いだ10年前からほぼ毎年赤字で、子息に会社を継がせたくないとのこと。従業員の雇用を守るのが譲渡の条件だった。結果、会社の不動産など資産を流動化し、債務を返済した上で希望通り譲渡した。『これで10年間できなかった家族旅行に行ける』と経営者が言っていたのが印象的だった」

―長年の肩の荷が下りたという感覚だったのでしょうか。

「そうだ。最上級の感謝の言葉を頂いた。日本は事業承継が進んでいない。中小企業のM&A(合併・買収)は、売り手と買い手の双方の希望にギャップが大きい。2025年に70歳を超える中小企業の経営者は245万人に達し、うち127万人は後継者未定だ。事業承継の実行件数はデータがないが、M&Aの件数は年4000件。127万の母数に対し圧倒的に少ない」

―そのギャップとは主に売却額ですか。

「やはり価格の要素が大きい。赤字続きで業績の回復を見込めない企業は値が付きづらいが、本社ビルや倉庫など不動産資産は価値があるだろうと、売る側は資産を価格に上乗せしたい。買い手はタダでも引き取るのは困難。そこに上乗せの価格では成立しない」

―本業は赤字、実際は不動産収入で存続している会社を多く見かけます。

「M&Aの仲介会社に仲介を断られたり、M&Aが成立しなかったりしても、不動産や金融商品など資産を保有している会社は当面、資金をつなげる。そのため、本来は廃業するのが賢明な会社でも意思決定が遅れることが多い。決断を先延ばしする間、事業は好転せずに財務は悪化していく。こうして『M&A』と『廃業』の間で多くの経営者が悩んでいる。問題の解決策はあると強調したい」

―それは?

「M&Aが成立しないのならば、原因を探って承継できるよう対策を取る必要がある。ただ、当事者には容易でない。そんな時は『縮小型事業承継』が有効だ。外部の専門家の力を借り、事業規模や資産規模を最適なサイズに小さくすることで赤字が減り、資金繰りも楽になる。高すぎるM&A価格も、引き継ぐ側の要望と合致した最適なものにできる」

―「幸せな廃業」があると論じています。

「買い手のいない会社が、会社を畳めるうちに畳むのは十分に前向きな解決方法だ。計画的に廃業すれば多くを失わずに済む。従業員や機械設備などを他社に引き継げる可能性が出てくる。経営者は資産がどれだけ残るか分かり、廃業後の生活を設計しやすい」

「廃業には資金が必要だ。事業を絞っていく過程で売上げは減るが、退職金や事務所の立ち退き費用、リースの解約料など思わぬお金が必要になることもある。事前準備をして廃業すればこうしたことも早くから分かる。計画的な廃業という選択肢を検討すべきだ」(編集委員・六笠友和)

【試し読み】新刊『後継者不在、M&Aもうまくいかないときに 必ず出口が見つかる「縮小型事業承継と幸せな廃業」』から一部を抜粋して、経営者が倒れるといった事象で起こりえる突然の事業承継への備えに必要な視点を解説します。
 「事業承継」はいつ起こるかわからない。備えに必要な5つの視点

島根伸治(しまね・しんじ)氏 青山財産ネットワークス取締役、公認会計士
太田昭和監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)を経て、01年に同社グループに入社。オーナー企業の事業承継、相続、財務問題を支援する。東京都出身、50歳。
『縮小型事業承継と幸せな廃業』(日刊工業新聞社 03・5644・7410)
日刊工業新聞2021年11月22日

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