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激化する脱炭素マネー獲得競争。日本は「グリーン国際金融センター」で呼び込めるか

激化する脱炭素マネー獲得競争。日本は「グリーン国際金融センター」で呼び込めるか

2050年カーボンニュートラルに向け、世界は着々と動き出している(洋上風力発電所=イメージ)

政府はグリーンボンド(環境債)の取引市場として、「グリーン国際金融センター」を創設する構想を打ち出した。グリーンボンドは2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)など、脱炭素化の政府目標の達成に向けた切り札として注目される。同センターの設置により内外の資金を呼び込み、グリーンボンドの取引を活発化する狙い。脱炭素マネーの獲得競争は世界的に激化しており、日本も基盤整備を急ぐ。(編集委員・川瀬治)

世界で急拡大 5年で6.7倍、2976億ドル

気候変動対策の重要性からグリーンボンド、ソーシャルボンド、サステナビリティボンドを含むESG(環境・社会・企業統治)関連債の発行額が増加している。日本証券業協会によると、世界におけるグリーンボンド発行額は15年の447億ドル(約4兆9710億円)から20年の2976億ドルへと5年間で6・7倍に増えている。一方で、日本もグリーンボンドの発行額は急増しているが、20年は7754億円にとどまり、海外に比べると高水準とは言えないのが現状だ。

日本急増も規模小さく

政府はカーボンニュートラル実現のために、内外の民間資金を市場に呼び込もうとグリーン国際金融センターの実現を目指す。情報プラットフォーム(基盤)の整備や社債認証の仕組みづくりに力を入れることで、金融面から脱炭素化を推進するのが狙いだ。設置場所としては日本取引所グループ(JPX)傘下の東京証券取引所が候補に挙がる。

「グリーン国際金融センター」設置場所の候補に挙がる東証

金融庁の有識者会議がまとめた報告書によると、「市場の主要プレーヤーが期待される役割を果たすことが重要」と指摘。「機関投資家はESG投資の積極的な推進や、発行体などとESG投資について建設的な対話を強化すべきだ」とした。ESG関連投資信託の組成や販売に当たっては、「より透明性の向上が求められるため、商品特性の丁寧な解説とともに、その後の選定銘柄の状況を継続的に説明する必要がある」(金融庁関係者)としている。金融庁は資産運用業者などに対するモニタリングを進める考えだ。

ESG投資の“舞台”整備 情報発信・インデックス提供

グリーンボンド市場で先行する海外の証券取引所ではESG関連プラットフォームの環境整備が進む。ルクセンブルク証券取引所やロンドン証券取引所、香港証券取引所では、ESG関連債に関する情報発信の強化やESG関連インデックスの提供、人材育成などに取り組んでいる。

世界で初めてグリーンボンドを上場するなど、先駆的なルクセンブルク証券取引所ではESG関連債専用のプラットフォーム「LGX」を16年に開設した。現在、発行総額は5000億ドル、上場銘柄は900を超えるという。LGXではESG関連債としての準拠すべきガイドラインや外部評価、開示の手続きなど、発行体向けに情報を発信している。また、ESG関連情報の収集や比較ができるデータを提供し、投資家向け支援に力を入れている。

ロンドン証券取引所でも専用プラットフォームとして「SBM」を開設した。250を超える銘柄を掲載し、約500億ポンド(約7兆6000億円)の発行実績があるという。SBMもサステナブルファイナンスの動向などに関する発行体や投資家向けの詳細なガイドブックを提供し、情報発信に取り組む。

アジアでは、香港証券取引所がLGXやSBMと同様のESG関連債専用プラットフォームを開設。シンガポールではグリーンボンドの補助金を充実させるなど、グリーンボンド市場の環境整備を加速している。

日本の取り組み 独自の指数算出公表

日本も負けてはいない。JPXは既にプロ投資家向けの債券市場である「東京プロボンドマーケット」に「グリーン・ソーシャルボンド」として上場している銘柄の情報開示のためのプラットフォームを開設した。また、ガバナンス(統治)や環境に焦点を当てた独自の指数算出や公表にも取り組んでいる。

一方、グリーンボンドの普及とともに、調達資金が適正に環境事業に充当されていない「グリーンウォッシュ債券」が増加する懸念もある。EUは7月、グリーンボンドの適正な発行を目的に「欧州グリーンボンド」の基準を公表。グリーンウォッシュの取り締まりを強化する考えだ。国際標準化機構(ISO)でも、グリーンボンド・ローンの発行や融資手順に関する国際規格である「ISO14030」を作成する動きがあるという。

グリーンウォッシュに警戒

金融庁でも投資家保護の観点からグリーンウォッシュ債を排除する対策を検討している。海外の取引所の取り組み事例を踏まえ、グリーンボンドに関する実務上有益な情報が得られる環境整備や、日本独自のESG関連債の適格性を客観的に認証する枠組みの構築を支援する。

投資家や発行体が安心してグリーンボンドの取引ができる認証の仕組みをつくることで、日本市場の信頼性向上につなげる考えだ。

日本のESG関連債発行進む

日本でも民間企業でESG関連債を発行する動きが広がっている。トヨタ自動車は3月にサステナビリティボンドを発行。発行額は円建て・外貨建て合わせて最大4000億円規模としている。日本郵船は国内で初めてトランジションボンドを発行した。発行額は200億円。調達した資金は、アンモニア・水素などを燃料とするゼロエミッション船の研究開発などに充てる。ANAホールディングス(HD)は本年度に、環境や人権、地域創生など資金使途を幅広い課題に設定したサステナビリティ・リンク・ボンドを発行。足元では三菱重工業がグリーンボンドの発行を決めたほか、ZHDや安川電機、明治HDなどは既に発行済みで、多様な業界に浸透しつつある。

私はこう見る

◆サステナブル債権市場 構築を

【日本総合研究所調査部主任研究員・野村拓也氏】

グリーン国際金融センター実現のためには、海外の取り組み事例を参考に施策を総合的に検討することが大切だ。グリーンボンドやトランジションボンド(移行債)だけではなく、ソーシャルボンドなども含めた幅広いサステナブル債券を取り扱い、競争力のあるサステナブル債券市場を構築すべきだ。

また当初は公共性が高く、資金使途がサステナブル債券の条件に合致しやすい政府や金融、鉄道などの企業に発行を促し、その後、債券発行体の多様化につなげることが必要だ。

アジア各国が補助金を拡大しグリーンボンドを推進する一方、わが国では補助金制度が縮小している。補助金制度は早急に見直すことが重要だ。総合的な施策が国際競争力の強化につながる。(談)

日刊工業新聞2021年8月4日

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