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JAXAが挑む航空機設計開発の高度化。カギ握る技術は「数値シミュレーション」

SFの世界実現

近い将来、航空機の設計から、安全性、環境適合性の確認、はたまた廃棄方法検討など、航空機のライフサイクルにまつわるあらゆることが、バーチャル空間で可能になる!?そんな、SFの中だけの話に思えた航空分野のデジタルトランスフォーメーションが、少しずつ現実味を帯びてきているように思います。そのキーとなる技術が「数値シミュレーション」です。

現在の航空機設計開発においては、風洞実験の代替手段として数値流体シミュレーション(CFD)が欠かすことのできない存在となっています。しかし、SFの世界を実現するためには、まだたくさんの壁があります。

その一つが、ヘリコプターに代表される回転翼機のように、機体全体では前方移動、ブレード部分は前方移動に加えて回転運動をしている、という「異なる運動が混在する状態」の解析です。

CFDでは、機体を取り囲む空間を数千以上もの領域に分割し、一つひとつの領域(計算セル)の中で流体方程式を解きますが、回転翼解析では、機体やその周囲用の格子(背景格子)と、回転部分用の格子(移動格子)とを重ねて、両者で情報をやりとりしながら計算する「移動重合格子法」が多用されます。

異なる動きを分けて計算できる便利な方法ですが、移動格子が背景格子のどの計算セル上にあるかを常に探索する必要があり、複雑な形状の解析をしようと思うと、とたんに計算負荷がとても高くなります。

幅広く活用

宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、非常に複雑な形状に対しても超高速に、航空機の空力的な性能を予測できるCFDソルバー「FaSTAR」を独自に開発しました。現在は、それを発展させ、回転翼やエンジン内ファン、構造変形による翼の構造振動を考慮可能な「FaSTAR―Move」を開発しており、教育機関や、企業などでも活用され始めています。最近では、前述した計算セル探索コストを大幅に低減できる手法を提案・実装し、米航空宇宙局(NASA)が開発している世界トップレベルのソルバーと比べて最大で3倍程度の高速性を実現しています。

実践的ツールに

今後、FaSTAR―Moveを活用することで、空の産業革命・移動革命を実現する飛行ロボット(ドローン)や空飛ぶクルマにも、CFD解析を実践的な設計開発ツールとして適用することが可能となってきます。

JAXAの技術を最大限活用して、SFのような夢の世界を実現する。それによって産業界、ひいては社会の発展に少しでも貢献していく。そんなことを願いながら、日々研究開発に励んでいます。(月曜日に掲載)

航空技術部門 数値解析技術研究ユニット 主任研究開発員 保江かな子

2010年東北大学大学院博士課程修了後、JAXAに入所。18年より現職。CFDと風洞実験との融合研究、飛行試験を用いた実機空力特性予測技術の研究を経て、現在、CFDツールの研究開発に従事。博士(工学)。

日刊工業新聞2021年7月12日

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