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【音声解説】コロナで遅れた国産ワクチン開発、体制整備の柱「デュアルユース」確立なるか

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15回目は「コロナで遅れた国産ワクチン開発、体制整備の柱『デュアルユース』確立なるか」について科学技術部の山谷記者が解説します。紹介した記事と合わせて音声配信をお楽しみください。
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国産ワクチンの開発・生産体制の強化に向けて、1日に閣議決定した省庁横断型の国家プロジェクト「ワクチン開発・生産体制強化戦略」が始動した。新型コロナウイルスのワクチン開発では米英に出遅れた反省を踏まえ、平時からの長期継続的な取り組みを重視する。基礎研究から産業の育成・振興までの流れを見直し、政府一体で必要な体制を再構築する。国産ワクチンは国民の健康保持のみならず、外交や安全保障の観点でも重要性は高い。(山谷逸平、縄岡正英、高田圭介、大阪・中野恵美子)

政府は新たな感染症の発生を想定し、国内での中長期的なワクチン供給体制を構築する検討に乗り出した。柱となるのが平時の人員や設備で有事に対応する「デュアルユース」の確立だ。メッセンジャーリボ核酸(mRNA)原薬や遺伝子組み換えたんぱく質などバイオ医薬品関連の製造ラインを、有事にワクチン製造へ切り替える体制を描く。

政府が平時と有事の切り替えを促す背景には、過去の失敗を踏まえて体制を整えたい意図がある。2009年に新型インフルエンザが流行した際、国内のワクチン供給体制を確立するため補助を通じてメーカーの拠点整備を進めた。ただ、巨額の初期投資や収束後の維持管理費用が経営の重荷となった。拡大が続くバイオ医薬品のラインを有事に転用することで、平時の負担軽減につなげる。

ワクチンに限らず医薬品開発には、創薬ベンチャーの役割も増している。ただ開発期間が長く、巨額の資金調達が必要な分野で日本は「数千万円規模の出資を得るのがやっと」(経済産業省担当者)の状況だ。ベンチャーキャピタル(VC)の出資が盛んな米国に比べ、資金供給も十分でない。

開発資金の不足解消のため、政府は認定VCの採択を検討する。ベンチャーが持つ技術やシーズを理解し、ハンズオン(伴走型)支援による資金供給を通じてリスクが大きい治験を含め、実用化を後押しする。

「来年も輸入ワクチンに頼るつもりか」。自民党の議員からはこんな声が聞かれる。こうした事態の回避に向け、政府は新型コロナウイルスに対する国産ワクチン開発で起きたボトルネックの解消に乗り出した。

“脱輸入依存”体制へ

開発が滞った理由は複数ある。文部科学省の杉野剛研究振興局長は「平時の備えが不十分だった」と指摘。内閣府の八神敦雄健康・医療戦略推進事務局長は「かつて盛んだった感染症研究が現在はそうではないことや、薬事制度の課題、企業の取り組みへの後押し不足がある」と話す。

国家戦略で示された九つの政策には、内閣府、厚生労働省、文科省、経産省、外務省が連携して関わる。国産ワクチンの研究開発拠点形成から薬事承認プロセスの迅速化、生産のための基盤整備に至るまで支援する。

新型コロナワクチンを開発する製薬会社は「当局と早期承認に関して引き続き議論したい。閣議決定での後ろ盾を得たので、21年内に承認を取得し、供給したい」(塩野義製薬広報)、「今後の国産ワクチンの道筋が開けてくる」(アンジェス広報)と新戦略に期待をかける。

内閣府は研究費のファンディング機能の強化を担当する。政府は研究費配分機関の日本医療研究開発機構(AMED)を活用し、AMED内に平時からの研究開発を主導するセンターを設ける。八神事務局長は「独立性・自主性を損ねてはいけないが、ワクチン研究を積極的に下支えする必要がある」と理解を求めた。

塩野義製薬は年内に年間3000万人分以上の生産体制を構築(UNIGEN提供)

文科省は世界トップレベルの研究開発拠点形成などに関わる。拠点形成に向け、杉野局長は「出口を意識した産業界・臨床現場との連携や、感染症研究の周辺にある免疫やゲノム(全遺伝情報)医療など先端領域との融合的研究が求められる」とした。

追いつくために 承認迅速化・治験網拡大

「ワクチンの供給が遅れたことは大きな反省点だ」―。厚労省幹部はほぞをかむ。米ファイザー製ワクチンの接種が日本で始まったのは米国から約2カ月遅れの2月。要因の一つとされるのが薬事承認プロセスだ。

塩野義製薬の臨床試験薬

海外の承認実績をもとにした特例承認だったが、日本であらためて行った治験に時間がかかった。そこで承認プロセスの迅速化が戦略の柱の一つとなった。厚労省は緊急時の治験枠組みに関するドラフトを作成するほか、平時から評価法の開発を担う体制を整備するという。

さらに課題となるのが米国の緊急使用許可(EUA)のような手法だ。緊急時に一定の安全・有効性を確認すれば、未承認でも使用を特別許可する制度には慎重な声もある。「容易ではない」とする厚労省だが年内に方向性の結論を出す。

新型コロナ変異株が各地に広がる中、「効果あるワクチンを海外メーカーが今後も日本に必ず供給してくれる保証はない。国産の能力を持つことが重要」と国立感染症研究所の脇田隆字所長は強調する。そのためには治験環境の整備が欠かせない。

日本の課題は治験に不可欠な生物統計家の不足が深刻なこと。年約1000人を育てる米国に対し、日本は年20―30人。雲泥の差を埋めるには、育成を急ぐ必要がある。さらに、日本発の国際共同治験を考えるなら、アジアにも治験網を広げる必要がある。開発に向け、外務省など「各省庁と連携し、環境整備に力を注ぐ」(田村憲久厚労相)という。

担当相に聞く/健康・医療戦略担当相 井上信治氏 開発・生産の司令塔に

―新型コロナの国産ワクチン開発・生産が遅れた理由は。

「ワクチン接種による健康被害が過去に起こり、日本の良さでもあるが、安全性を重視してきたためだ。ワクチンは感染症が流行あるいはその恐れがある緊急時に必要とされ、平時はニーズがない。企業の営利活動では手がけにくい点もある。環境整備が政府の役目だができていなかった。率直に反省する」

―新たな感染症の発生時には、国によるワクチンの買い上げもあり得るのでしょうか。

「平時に買い上げられれば企業は安心して乗り出すだろう。だが買い上げは国民負担となり容易ではない。全量を買い取るかどうかも含め、その時々、企業との協議になる。国が企業と直接交渉し価格を決める」

―緊急時に迅速で大胆な研究費配分を行うため、基金創設の必要性が国家戦略に盛り込まれています。

「財政事情もあり、今後の検討課題だ。次の感染症を見据えて想定される基金は、政府が進める運用型の大学ファンドのスキームとは異なり、取り崩し型になるだろう」

―戦略には研究開発の調整を超えた総合的な政策を立案する司令塔機能について明記があります。

「健康・医療戦略担当大臣は、ワクチンの開発・生産に関して関係各省を取りまとめる立場にある。新たに担当大臣を置かなくても、私自身がリーダーシップを発揮して前に進めたい」

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