前代未聞のラクオリア“社長交代劇”を検証、個人株主「革命」は妙薬か

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名古屋市千種区の名大内にある創薬研究部門

バイオベンチャーのラクオリア創薬を舞台に起きた、個人株主による「革命」が注目を浴びている。3月に開いた定時株主総会で、筆頭株主の柿沼佑一氏による経営陣刷新を求める提案が全面的に可決された。これを支えたのは株主の約85%を占める個人株主の存在。だが、それは日本のバイオベンチャーが伸び悩む構造的課題を浮き彫りにした。日本の企業統治における前代未聞の出来事は、真の成長につながる“処方箋”となり得るか。総会から1カ月半がたった今、その手法を検証した。(名古屋・永原尚大、高島里沙)

85%が賛成票 成長へ「リスクとる」

小雨の降る3月25日。ラクオリア創薬の株主総会が終わるころ、名古屋市内の会場には一筋の光明が差し込んだ。同社株式の11%を保有する柿沼氏の提案に85%の株主が賛成票を投じ、前社長の谷直樹氏が率いる経営陣の刷新が決まった。

同社は2011年の上場以降、10年連続で営業赤字が続く。17年に谷氏が「20年に時価総額1000億円」と宣言するも、20年末時点で約200億円にとどまり目標を大きく下回っている。

柿沼氏は「(この状況について)株主への説明が足りていない」として株主提案を提出。旧経営陣から渡辺修造副社長と土屋裕弘取締役を除く全員の解任と、現社長の武内博文氏を含め新たに4人の取締役選任を求めた。

ラクオリアが韓国HKイノエン社にライセンス提供した「テゴプラザン」

「リスクを積極的にとる」。柿沼氏は新体制の船出をこの言葉で飾った。これまで消極的だった臨床試験の一部に乗り出すことを決断。臨床試験への参入には研究開発体制の再構築と年間約30億円の投資が必要だが、ライセンス提供した製薬会社からの収入が増加し収益性が高まるという。武内氏は「21年内に一つ、開発する化合物を決めたい」と力を込める。

社内に不安 信頼回復が急務

くしくも、新経営陣が描く成長戦略は、同社創業者で12年まで社長だった長久厚氏が進めた内容と重なる。だが、社内では“革命”で生まれた新経営陣への不安が根強い。武内氏と柿沼氏は「総会が終わったらノーサイド」と語るが、会社が一丸となって動くためには従業員との信頼関係の構築が欠かせない。

武内氏は総会で「23年には時価総額1000億円を目指せる会社にしたい」と意欲を示した。個人株主の多さも課題視しており、総会後のインタビューでは「将来的に機関投資家の比率を7割に引き上げたい」と話した。革命を支えた個人株主の期待を背負い、6月末に発表する中期経営計画の策定が進む。

今回はレアケース 正面から経営権争う「理想的な株主提案」

機関投資家ではない個人の株主提案が可決されたことは、珍しいケースだ。今回は個人株主の柿沼氏が筆頭株主としてラクオリア創薬株を11%保有し、意向が通りやすかったことが可決の主因といえる。これまで否決が続いていた個人の株主提案とは、株式の保有量に絶対的な違いがあったことも大きかった。

そのため、同社の事例をきっかけに、個人株主の提案が通りやすくなるという話にはならないだろう。むしろ個人株主だけで提案を通したと言うよりは、個人株主に巻き込まれた機関投資家を含むその他大勢の株主で態勢を変えたことになる。

ではなぜ機関投資家の賛同を得られたのか。それは機関投資家が最初から賛成できないような政治的主張を含めた個人株主の提案が多い中、様相が全く異なっていたためだ。経営陣の刷新という企業の経営権を正面から争う内容で、個人株主が株主提案権の制度を理想的に扱ったまれな事例となった。

機関投資家も会社側と個人株主側のどちらにつくことが利益になるか勘案し、今回の結果を導いた。また、ラクオリア創薬は個人株主でも10%超を保有できる手頃な規模感の会社だったことも勝利した要因の一つだろう。

投資の魅力乏しく、時価総額小さい!

日本のバイオベンチャーの時価総額は欧米のみならず、中国・韓国よりも小さい―。経済産業省が18年に公開した「伊藤レポート2.0」は衝撃的な内容だった。

19年時点の日本の時価総額は2兆円、伸び率は14年比で79%増だった。一方、米国は同1.36倍、韓国は同4.47倍、中国は同2倍に成長。香港では同23.8倍と大きく躍進した。

海外勢との差は、ベンチャーの成長を持続的に支える機関投資家の少なさにある。株主構成に占める機関投資家の比率は米国の76%に対して、日本は9%とわずか。機関投資家の投資対象になっていないことが明確だ。

バイオベンチャーは多額の開発投資が先行するビジネスモデルで、成長性を財務指標から評価することは難しい。そのため米国では、競合企業との比較や臨床試験の結果分析といった非財務情報の開示が手厚く、将来の企業価値が把握しやすいという。

これを受けて経産省は3月、バイオベンチャーに対して投資家向け情報開示のガイドブックを公開した。遅れているバイオベンチャーの情報開示を促進する狙いだ。資金調達の環境を整備し、画期的な新薬開発を後押しする。

一方、あるバイオベンチャーの経営者からは「薬事申請のハードルが高い」と規制面の課題を指摘する声も聞かれる。国には全体を俯瞰(ふかん)したきめ細かな支援策が求められている。

インタビュー/ラクオリア創薬社長・武内博文氏 機関投資家7割望まし

ラクオリア創薬社長の武内博文氏に、これからのかじ取りについて聞いた。

―社長として起用され、3年ぶりの古巣です。
 「当時とは状況が変わる中、イレギュラーな形で就任した。基礎的な研究技術は変わらずしっかりしていたので安心感があったが、株主の不満がたまっている中でのかじ取りとなった。社員や共同研究先などステークホルダーに安心して貰いつつ、新しい薬を届けなければならない。その意味でプレッシャーを感じる」

―現在の課題は。
 「製薬会社に提供するライセンスの数を増やすことだ。そのために、特定目的会社(SPC)を設立し、上場した資金で開発を進めるのが一つの手だ。さらに適応症の切り口を変えて製薬会社に提案することも考えている。残りの特許期間が短く、提案できないものについては開発を中止する。特許の維持費など経費を他の新薬候補化合物に充当するなど、この1年で判断していく」

―就任前に描いた成長戦略に変更は。
 「戦略にはいくつか柱がある。その一つは塩漬けになっている化合物の開発を進捗(しんちょく)させることだ。臨床試験をして価値を高めるのか、SPCを作り海外向けにセット販売するのか、撤退するのかのいずれかだ。検討を進めているが、もう少し時間がかかる」

ラクオリア創薬社長の武内博文氏

「株主提案の際は、開発が進展するという前提で策定した。まだ内部のデータを全て見ていないが、いくつかの工夫が必要だと考えている。大事なことはサイエンスとして正しいか、ファイナンスとして期待できるかで判断することだ」

―総会で「21年内に一つは臨床試験に進むものを決める」と発言していました。
 「『グレリン受容体作動薬』がその一つだ。本当に臨床試験へ進めるのかの最終決定は今後になる。これは株主提案の成長戦略の売りだ。他の化合物についても、これから決める。研究データと競合の状況などを精査して進めたい。6月には精査の第1段階が終わるので、その時点で現状を公表する」

―治験に進むための採用計画は。
 「いきなりフルラインアップで人材を確保するのはコストがかかる。まずはプロジェクトマネージャーと担当者一人ぐらいでチームをつくり、CRO(医薬品開発業務受託機関)に委託するモデルが現実的だろう。グレリンは前臨床という治験の前段階のステップを踏む必要がある。まだ時間はあるので、良い人材を採用したい」

―従業員に広がった新経営陣への不安をどう取り除きますか。
 「全従業員と一対一でミーティングを開いた。今の状況やこれから何がしたいのか、プロジェクト単位から将来のポジションまで幅広く聞いた。15年に(ラクオリア創薬で研究員の)リストラを主導したことからコストカッターと言われたが、そうではないと安心してもらえた。今後は研究現場からアイデアを吸い上げて、強みとするイオンチャネルを活用した創薬技術と相乗効果のある、低分子化合物以外の新しいモダリティ(治療手段)についても検討したい」

―株主対話の改善策は。
 「情報発信の頻度を高めることだ。四半期ごとに決算説明会を事前登録制のオンラインで開催し、将来の株主候補となる投資家からの質問にもしっかり答えられるようにする」

―株主構成の8割は個人投資家が占めますが、機関投資家の割合を増やす考えは。
 「欲を言うと、7割ぐらい機関投資家であってほしい。それに向けて3年以内に上位株主の10位以内に、長期保有してくれる機関投資家を入れたい。既に何人かの機関投資家と話したが、まずは6月に予定する中期経営計画を出してからだ」

日刊工業新聞2021年5月14日の記事に加筆

キーワード
個人株主 ラクオリア

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