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記者が見たMRJ初飛行! 11.11ドキュメント

その瞬間、まさかの・・・
記者が見たMRJ初飛行! 11.11ドキュメント

名古屋市上空を飛行するMRJ(写真右下にナゴヤドーム、右奥には名古屋駅前の高層ビル群がみえる=三菱航空機提供)


ついに初飛行、その瞬間―


 そして、その時は訪れた。9時35分。MRJは加速を始めた。1秒、2秒と過ぎていくうちに、周囲で一斉に「動き出しました」とのレポートが聞こえてくる。ビデオカメラから片時も目を離さぬよう、MRJを追う。徐々にスピードを上げる機体。ぐんぐんぐんぐん近づいてくる。我々とMRJの距離は数百メートルに迫ったか。カメラのシャッター音が鳴り止まない。

 機首が上を向く。前輪が滑走路から離れる。よし、よし、離陸するぞ!!

 ・・・あっ・・・。

 次の瞬間、視界には赤白の建物が入ってきた。MRJを遮るように、赤白の建物がレンズに現れた。これでは離陸の瞬間が押さえられない!・・・一瞬の出来事だった。MRJは突然視界に入ってきた赤白の建物に隠れ、後ろ側から再登場した時には、すでに後輪が浮き、離陸していた。嗚呼、人生とはこういうものか。肝心の離陸が・・・。

 と、考えているうちにもMRJは横を通り過ぎ、どんどん高度を上げていく。初飛行の高揚感はなく、ビデオカメラを思い切り左上に振って、必死に画面の中で機体を捉え続けた。MRJのエンジン音は、前評判通り、静かな印象だ。MRJを追いかけるように上空を通過した練習機の、何と騒がしかったことか。

 徐々にMRJの機影は小さくなっていく。関係者席の方からは自然に拍手が上がった。MRJはやがて右に旋回し、南方、太平洋の方向へ消えていった。

 一息ついた後、周囲の知り合い記者と、離陸の瞬間を話し合った。例の「赤白の建物」についてだ。メディア向けの事前説明会でも「MRJは赤白の建物に隠れてしまうかもしれません」ということは通告されていた。だがしかし、こうもきれいに重なってしまうとは・・・。その場にいたカメラマンの方々も、だいたい離陸の瞬間を押さえられなかったようだ。

 着陸までは1時間半ほどある。安全のため現場を一度清掃するというので、いったん空港エプロンから待避。何をするにも落ち着かず、三菱の広報に質問したり、他の記者らと雑談したりしながら、着陸の時を待った。

着陸、拍手の嵐


 そして10時40分前後、再びエプロンに集合の号令がかかり、続々と撮影スペースに戻る。場内アナウンスによれば、MRJは11時05分頃に着陸の予定らしい。予定していた11時10分よりも、少し早まっているようだ。

 再び機材をセットし、広報マンと雑談したりしているうちに、ふと南の方角に目をやると、もう遠くにMRJらしき機影が見えるではないか。急いで脚立に登り、撮影を再開する。予定より早い到着になるのか。

 MRJは、自身が放つ白い光とともに、徐々に高度を下げながら近づいてくる。一瞬、風にあおられているようにも見えたが、危なさは感じさせない。その姿に滑走路が近づき、再びカメラのシャッターが勢いよく切られ始めた時、MRJは名古屋空港に降り立った。
 タイヤから一瞬の白煙を上げた後、ゆったりと減速し始めると、関係者スペースからは大きな拍手がわき起こった。そして鳴り止まない。
YS―11以来、53年ぶりの国産旅客機の初飛行。手が少し震えていた。うれしい。すごい。よく頑張った。いろいろな感情がこみ上げてきた。
時刻は11時02分。1時間27分の飛行だった。

 操縦かんを握った機長の安村佳之チーフテストパイロットは、記者会見で「離陸速度に達したとき、飛行機が飛びたいと言っている感じでフワッと浮いた。安定した状態で上昇した」という名言を残した。また、MRJのチーフエンジニアを務め、「MRJの堀越二郎」との社内評で知られる岸信夫副社長は「実は不安で仕方なかった」と、責任者の胸の内を明かした。

ベンチャースピリット


 MRJは、日本の航空機産業の総力をあげて作り込んだ機体だ。三菱重工や、装備品を供給するナブテスコや島津製作所などに加え、川崎重工業や富士重工業など、普段はライバル関係にある他の重工会社も技術者を派遣。表に裏に協力してきた。国や大学、全日本空輸(ANA)をはじめ航空会社も開発を力強く支援する。

 現在放送中のドラマ「下町ロケット」(池井戸潤原作)では、帝国重工といういかにも「親方日の丸」の企業が登場する。日本でロケットを製造しているのは三菱重工やIHIなどに限られ、どうしても重工メーカー=巨大企業、プライドが高く融通が利かないというイメージがある。
 しかし、MRJを開発する三菱航空機はまだまだ1500人の所帯。海外の航空機メーカーに比べれば小さなものだ。その意味で、三菱航空機、そしてMRJは、これまでなかった新たな産業に参入するという、日本人にとって久方ぶりのベンチャースピリットを感じさせてくれる。海外勢が席巻する空の勢力図を、塗り替えるかもしれない。
何よりも「空への夢」を駆り立て、「あの飛行機にいつか乗ってみたい」という希望を抱かせてくれる。飛行機とは、なぜこんなにも人の心を惹きつけるのだろう。

 一方、初号機を受け取るANAへの納入は約1年半後。納期順守に向け、薄氷を踏むような毎日だ。来年夏からは米国での飛行試験が始まり、MRJの最大のヤマ場となることが予測される。他にも、航空会社向けのサポートや部品供給体制など課題を挙げればきりがない。しかし今回は、MRJ開発者に最大限の賛辞を贈りたいと思う。夢をありがとう、MRJ。

(日刊工業新聞社名古屋支社 杉本要)

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日刊工業新聞記者
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「MRJが飛んだ日」を振り返りました。後になって、じわじわと飛んだ実感がわいてきます。まだまだ正念場が続きますが、この日の感動は忘れないようにしたいものです。

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