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不安と恐怖を煽るコロナの冷たい熱狂、伊藤計劃『ハーモニー』のような高度な医療管理社会へ移行促す

緊急事態宣言とバイデン大統領の誕生に思う(片山恭一)

2日に10都府県で緊急事態宣言の延長が決定された。1月21日にはジョー・バイデン氏がトランプ前大統領に代わってアメリカの新しい大統領に就任した。今回はこの二つの出来事について考えてみよう。

緊急事態宣言の要諦は、私権を制限して挙国一致でコロナという「敵」に立ち向かうということだ。バイデンの大統領就任演説の趣旨も、国内的には分断の修復と団結であり、アメリカ国民が一つになってウイルスの脅威に立ち向かうというものだった。さらにパンデミックや気候変動といった人類共通の課題に対処するため、各国に(経済や軍事面での対立は保留にして)連帯を呼びかけるものでもあった。挙国一致と国際協調、言葉や文脈は多少違うけれど方向性は同じだ。キーワードは団結と協調と忍従ということになろうか。

どこかで聞いた話だと思い、しばらく考えているうちに一つの小説に行き当たった。伊藤計劃という作家をご存知だろうか。2007年に『虐殺器官』という作品で小説家としてデビューし、長編第二作の『ハーモニー』を発表した直後の2009年に34歳で亡くなっている。

遺作となった小説の舞台は、誰も病気で死ぬことがない近未来の世界である。21世紀の初めに核兵器が使用され、放射能の影響で癌などが多発したことから、人類は病気そのものの駆逐に乗り出した。荒廃と混乱の時代を経て、世界は構成員の健康を第一に気遣う極度の厚生社会、高度な医療福祉社会へと移行を遂げる。

誰も病むことのない世界を実現するために、対立や紛争の温床となる国家は廃止され、個々の政府に代わって、世界は「生府(ヴァイガメント)」によって統治されている。この生府は、構成員の健康の保全を唯一最大の責務とみなす「生命主義(生命至上主義)」を掲げている。すなわち「成人に対する充分にネットワークされた恒常的健康監視システムへの組みこみ、安価な薬剤および医療処置の『大量医療消費』システム、将来予想される生活習慣病を未然に防ぐ栄養摂取及び生活パターンに関する助言の提供、その三点を基本セットとするライフスタイルを、人間の尊厳にとって最低限の条件と見なす考え方」である。

どうだろう? どれもいま着々と進行していることではないだろうか。世界各国の政府は恐ろしいウイルスから国民の生命を守るという「生命至上主義」を掲げている。そのために検温やPCR検査による健康監視が強化されている。会社や施設で働く人たち、スポーツ選手などには症状の有無にかかわらず、全員にPCR検査を行うケースも増えている。やがてこれは全国民に拡大されるかもしれない。検査や入院を拒んだ場合には懲罰を課すべきだという声も出ている。

厚生労働省はスマートフォンにインストールして使う接触確認アプリの利用を促している。文字通り「ネットワークされた恒常的健康監視システムへの組みこみ」である。ワクチン接種の無料化は、さしずめ「安価な薬剤および医療処置の『大量医療消費』システム」にあたるだろう。「生活パターンに関する助言の提供」もマスク着用、三密の回避やソーシャルディスタンスの確保として、すでに社会に定着しようとしている。

面白いのは、感染拡大防止対策で後手にまわる政府を、専門家会議やマスコミと一緒になって多くの国民が批判し、弱腰の首相を叱責していることである。このあいだまでGO TO キャンペーンを利用していた人たちまでが、「停止の決断が遅すぎた」と非難しているように見える。ホテル、旅館、飲食店がつぶれてもかまわない。とにかく自分たちの生命を守れ。経済的・社会的な損失よりも感染対策を重視せよ。私権を制限してでも感染を抑えろ。

いまや多くの国民がウイルスとの戦いに熱狂している。毎朝トップニュースとして告げられる感染者数は、あたかも大本営発表の戦況を思わせる。こうした冷たい熱狂は、『ハーモニー』に描かれているような高度な医療管理社会へのすみやかな移行を促すだろう。ただ小説と違って、そこへ行きつくのに核戦争は必要なさそうだ。一つの病原菌、人々の不安と恐怖を煽る一つのキーワードで充分である。これが緊急事態宣言の再発令とバイデンの大統領就任演説から読み取るべき文脈だと思う。(作家・片山恭一)

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