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利点と欠点は出尽くしたが…議論本格化する「カーボンプライシング」の行方

二酸化炭素(CO2)の排出に応じて費用を負担する「カーボンプライシング(CP、炭素の価格付け)」の議論が本格化する。環境省は1日、検討を再開し、経済産業省は2月中に研究会を立ち上げる。政府内で30年続くCPをめぐる議論に終止符が打たれるのか。2050年の温室効果ガスの排出実質ゼロ化、成長戦略、さらに国際動向もにらみながら節目となる議論が始まる。(取材=編集委員・松木喬)

環境省、検討再開 経産省、月内に研究会

「成長につながるCPにも取り組んでいく」。1月18日、菅義偉首相は就任後初の施政方針演説でCPに言及し、議論に取り組む決意を明らかにした。

菅首相がこだわるCPとは、排出したCO2に価格を付ける制度で、炭素税と排出量取引が代表的。炭素税は排出量に応じて課金し、行政が企業などから徴収する。排出量取引は企業に排出量の上限となる排出枠を割り当て、上限を超えた企業が超過しなかった企業から排出枠を購入する。どちらも企業にはコスト負担となるため、排出を減らす努力が促される。

「脱炭素と経済成長を同時に実現するにはCPは避けて通れないテーマ。多くの環境省職員にとっても未完の政策課題」。

小泉進次郎環境相も繰り返しCPへの思いを述べている。政府内では1993年にCPの議論が始まった。環境省は17年6月―19年7月の2年間だけでも20回の有識者会議を開いたが、経済界から賛同を得られずに結論を出せなかった。同省は1日、議論を再開するが前回までとは様相が変わった。

「いいじゃないか」。20年末、小泉環境相と中井徳太郎環境次官が菅首相に再開を報告すると、菅首相はこう応じたという。後日の閣議後、菅首相は小泉環境相と梶山弘志経産相を呼び、CPで連携するように指示した。梶山経産相も以前から「成長戦略に資するのであれば検討対象、資することのない制度は導入しない」と語っていた。

経産省も2月中に研究会を立ち上げる。別々の会議に違和感があるが「両省の会議に双方の職員がオブザーバーで参加する。別々に開催は進むが、情報は共有する」(政府関係者)という。

海外の先行事例検証 省エネ設備・技術に商機

今回の議論で焦点となるのは、CPの環境と成長戦略への効果だ。環境省の資料によるとCPは46カ国と32地域で導入済み。こうした先例から効果を検証できる。東京都は10年から都内の大規模事業所を対象に排出量取引制度を開始、14年度までに対象事業所のCO2全排出量を基準年度比で25%削減した。

05年から排出量取引制度を運用する欧州連合(EU)では、発電・産業部門のCO2排出量が16年に05年比で26%減少した一方、国内総生産(GDP)は上昇した。環境対策と経済成長の「デカップリング(分離)」が起きている。

CPを導入する他の国でも同じ現象が見られており、CPは経済活動の足かせとは言い切れないようだ。

日本企業からも成長への効果を期待する声が出ている。CP導入を政府に働きかける企業グループ「日本気候リーダーズ・パートナーシップ」は、CO2排出によるコスト増を避けたい企業が設備更新を急ぐため、省エネルギー製品を持つ企業には商機になると主張する。国としても炭素税の税収を省エネ機器の普及策に使えば、成長戦略に結び付く。

導入見返り、法人税減税

海外の動向に詳しい早稲田大学の有村俊秀教授は、CP導入の見返りに法人税の減税を提案する。減税で余裕が生まれた企業は省エネ設備に投資しやすくなるからだ。

また、全業種一律ではなく、排出量が多い企業の負担を軽くする減免措置も提唱する。再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)で電気代に上乗せして賦課金を徴収しているが、電力多消費企業は減額されている。「減免措置は実務面で担保されている。日本と産業構造が似ている韓国でも実施されている」(有村教授)と解説する。

外交リスクの懸念も

最近ではCPを導入しないことでの外交リスクも懸念されている。バイデン米大統領は、温暖化対策が不十分な国からの輸入品に賦課金を課す「国境炭素調整」の導入を選挙公約に掲げていた。EUも同様の仕組みを目指している。

仮に欧米で国境炭素調整が始まると、CP導入のない国は温暖化対策に消極的と映り、賦課金により産業競争力に影響することも想定される。

経済界の反応は…

CPの議論が本格化する中、利点は指摘されているものの経済界の不安を払拭(ふっしょく)できていない。これまでの議論でも「CPによる負担増が見込まれ、産業が日本からなくなる」「CPが研究・開発の原資を奪う」と反対意見が根強い。最近の政府の温暖化対策会議でも「企業の体力をそぐようなことになると、逆効果」と注文が付いた。ただ、経団連の中西宏明会長は20年12月の定例会見で、「CPの議論を拒否するところから出発するのではなく、機能するのかどうか総合的な検討が必要」と一定の理解を示している。

日税連が要望書 中小・零細の負担軽減

CPに注目するのは経済界や学術界、非政府組織(NGO)だけではない。日本税理士会連合会は税制改正に関する建議書にCP導入時の要望を盛り込み政府に提出している。

日税連の平井貴昭常務理事は「災害時に対応した税制を提言する中で、多発する自然災害の根本の問題である地球温暖化を考えるようになった」と背景を語る。そして炭素税の運用について、中小・零細企業の負担軽減策を求めている。

再開される議論については「具体的な制度設計の検討が望まれる。骨格が見えないと国民も判断できない」(平井常務理事)とする。これまでの議論では海外事例の分析が多く、日本におけるCPの具体像が見えていなかったためだ。また「政府は経済成長を強調しているようだが、CPの目的がCO2排出削減であることも忘れてはならない」とも呼びかける。

CPをめぐる議論には長い歴史があり、過去からの議論でメリット、デメリットは出尽くしている。脱炭素社会実現に向け、結論を出すときだ。

日刊工業新聞2021年2月1日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
「国会で首相が言うと重みが違う」と環境省職員は受け止めています。確かにそのインパクトはあり、同じテーマでありながら環境、経産の両省で議論が始まります。紙面で触れましたが、日本における効果を議論して欲しいです。海外事例の検証を続けているようだと専門家しか興味を持ちません。 中小・零細の負担軽減も議論して欲しいです。

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