炭素繊維メーカー各社、コロナ禍の航空機に代わる新需要開拓へ
コロナ禍、航空機減産
炭素繊維メーカーが新たな用途開発に力を注いでいる。主力の一つである航空機向けは、新型コロナウイルス感染症拡大による機体の減産影響で苦戦。
一方、再生可能エネルギーの広がりで風力発電用ブレードの需要は旺盛だ。また、燃料電池や次世代モビリティー向けにも触手を伸ばしている。各社は“次”を見据え、着々と設備投資や技術開発の手を打っている。(江上佑美子)
“空飛ぶクルマ”に商機/設備投資・技術開発で布石
炭素繊維はポリアクリロニトリル(PAN)繊維が原料のPAN系炭素繊維と、石炭ピッチ、石油ピッチなど副生成物が原料のピッチ系炭素繊維に分類される。
PAN系炭素繊維にはフィラメント数が4万本以上のラージトウと、2万4000本以下のレギュラートウがある。ラージトウは低価格で風力発電のブレードなどに使われ、レギュラートウは航空機など高性能が求められる用途が中心だ。
特に好調なのが風力発電用途だ。東レの日覚昭広社長は「航空機需要がなくなった影響は大きいが、風力発電用途がどんどん伸びてカバーしている」と話す。発電効率の観点からブレードの長尺化が進んでおり、高強度で軽い炭素繊維が多く使われている。
風力発電用途の需要増でラージトウが不足しているため、レギュラートウで補う「もったいない」(関係者)状況にもなっている。東レはメキシコ、ハンガリーにあるラージトウ生産拠点の増強を進めている。帝人の鈴木純社長も風力発電用途に関し、「引きが強い」と手応えを感じている。
各社はさまざまな領域で炭素繊維の用途開発を進めている。その一つが自動車分野。量産車への導入をにらみ炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を用いた自動車部品の量産化技術の開発が進む中、東レは自動車向けを視野に、弾性率を標準比7割増に高めた炭素繊維を生み出した。
また、「燃料電池車(FCV)の水素タンク向けや(電極基材に用いる)カーボンペーパーを積極的に出していく」(日覚社長)方針。糸や中間基材の開発、量販体制整備のほか、自動車や電池メーカーとの協業も進める。渋滞解消や災害時の活用などで期待されている“空飛ぶクルマ”の開発に取り組むドイツのスタートアップと、炭素繊維複合材料の供給契約を結んだ。協業を複合材料の開発に生かす考えだ。
帝人は2020年12月にポルトガル拠点に、炭素繊維を用いた成形法の一つ「CF―RTM」の設備を稼働した。短時間での射出が可能で、自動車の外板部品の成形などでの活用を見込む。
また、ココアモーターズ(東京都渋谷区)が開発した重さ2・9キログラム、大きさ13インチの“持ち運べるクルマ”「ウォーカー」に、熱可塑性炭素繊維強化プラスチック(CFRTP)を供給した。厚さ3・3ミリメートルのCFRTPフレームが全体を支えており、小型化に寄与している。
そのほか、建築関連で、帝人が炭素繊維などの高機能繊維と木材を組み合わせた建材を開発。木材の軽さやぬくもりを生かしつつ、木材の2倍以上の剛性を持つのが特徴。「LIVELY WOOD」ブランドでの第1弾として22年にJR名古屋駅近くで完成予定のオフィスに採用が決まった。
欧州ではコロナ禍の影響でX線機器や人工呼吸器向けに炭素繊維のコンパウンドの需要が伸長しており、帝人はドイツで炭素繊維のショートファイバーの生産能力を従来比4割増強した。
航空機向け、回復探る動き
東レは21年3月期に炭素繊維複合材料事業の事業損益で70億円の赤字を見込む。主要因は供給先である米ボーイングの減産だ。コロナ禍で航空各社の財務は悪化し、機体需要は減退。ボーイングは機体の生産レートを引き下げ、21年半ばをめどに生産工場の集約なども決めた。
航空機減産の影響は大きい。だが、長期的には航空機用の成長を見込んでいる。帝人は20年秋に、航空機エンジン・装備品大手の仏サフランと炭素繊維複合材料の供給契約を締結。マテリアル事業統轄の小山俊也取締役常務執行役員は「(炭素繊維の)糸売りに加え、付加価値の高い中間材の販売を強化する」と狙いを説明する。
既に欧エアバスやボーイングの航空機の構造材向けに実績を積んでおり、小山取締役はコロナ禍の逆風を「(他社と)差をつけるチャンスかもしれない」と前向きにとらえる。
積水化学工業は19年に、航空機や飛行ロボット(ドローン)向けCFRPメーカーの米AIMエアロスペース(現セキスイエアロスペース)を買収した。積水化学の加藤敬太社長は「直近は航空機業界は苦しい状況」とした上で、「底堅い需要が見込める」と期待する。生産体制の効率化や、医療など他用途での用途開発で乗り切る方針だ。
中長期で需要拡大・リサイクルに課題
炭素繊維は鉄と比べ重さは4分の1と軽く、強度は10倍、弾性率は7倍と高い。東レは20年6月の資料で、炭素繊維の需要が30年にかけて年率8%で伸びると推計した。特に風力発電用ブレードは22年までに同13%の伸びが見込めるとしている。
炭素繊維の世界シェアは東レ、帝人、三菱ケミカルといった日本メーカーが過半を占めるとされる。中韓メーカーの追い上げは厳しく、価格競争にもさらされているが、東レの日覚社長は「汎用グレードを作ることはできても、ハイエンド品の生産は当面難しいのではないか」と差別化に自信を見せる。
東レは中期経営計画で価格政策の見直しも掲げている。これまで需給のバランスやサイクルに左右されていたため「顧客が長期に使用する構造材料を安心して確保できない」(吉永稔複合材料事業副本部長)状況だった。炭素繊維の主原料であるアクリロニトリル(AN)の価格や為替に連動して価格を決めるようにし、グローバルで方針を統一する方針だ。
炭素繊維普及のため課題とされているのがリサイクルだ。環境問題への関心が高まる中、量産車などへの導入拡大に向けてリサイクル技術の確立は急務だ。部材の軽量化や強度向上を目指し炭素繊維複合材料の開発が進む一方、複雑化はリサイクルの妨げになる。
三菱ケミカルは発生する端材を回収、リサイクルするノウハウを持つドイツ企業を買収した。日本では子会社の新菱(北九州市八幡西区)が炭素繊維リサイクルを手がける。21年中にはCFRTPのパイロット設備を福井県内に設置予定だ。熱硬化性樹脂を用いたCFRPと比べ、短時間で成形でき、リサイクルが容易であるとして、普及を見込む。
帝人はポルトガル拠点に設けたCF―RTM成形設備で、リサイクル炭素繊維材料を用いた量産技術の開発に取り組む方針だ。