オンラインなのに全米トップの進学校、日本人校長がめざす「生き抜く力」の養成
昨年3月に緊急事態宣言が発出され、休校による子どもの教育の停滞に、不安を感じた保護者の方は少なくなかっただろう。
当時の文部科学省の調査では、臨時休校を実施または実施予定の自治体のうち、同時双方向型のオンライン授業を提供すると回答した自治体は約5%にとどまった。また、日本の学校教育におけるICT活用は他国より遅れており、授業中のデジタル機器の利用時間はOECD加盟国中最下位という調査結果もある。
パソコンやインターネットの普及で生活やビジネスが一変する中、教育にもまた、変化が求められている。ただしそれは、教育にやみくもにICTを取り入れればいい、という話ではない。オンライン授業では、先生が生徒の理解度を把握しにくい、生徒同士のコミュニケーションがとりにくい、といった課題も指摘される。
では、教育はどうICTを取り入れて、いかに変わっていくべきなのだろうか。
ヒントを与えてくれるのが、「スタンフォード大学・オンラインハイスクール」だ。校名の通り、インターネットを用いて、すべてオンラインで授業や課外活動を行うハイスクール(中高一貫校)だ。
インターネットを活用して中等教育を行う学校といえば、国内では2016年に開設された「N高等学校(N高)」が有名だ。スタンフォード大学オンラインハイスクールはN高より約10年早く開校。オンラインでありながら、スタンフォードをはじめハーバードやブリンストンなど、名門大学への合格実績もトップクラス。全米屈指の進学校の一つとして知られる。
同スクールの校長は、日本人の星友啓さんが務めている。著書『スタンフォードが中高生に教えていること』(SB新書)では、同スクールの運営方針やカリキュラム、最新の世界的な教育のトレンドなどを知ることができる。
星校長は、東京大学を卒業後、テキサスA&M大学哲学修士、スタンフォード大学哲学博士の課程を修了。スタンフォード大学哲学部の講師をしつつ、オンラインハイスクールの設立に参加、2016年に校長に就任した。
従来の学校の「当たり前」を捨てる
スタンフォード大学・オンラインハイスクールには、全米をはじめ世界各国の中学1年から高校3年までの生徒が在籍。2020年にアメリカの進学校(College Prep Schools)で1位となったほか、多くのメジャーな学校ランキングで全米トップに選出されている。
特徴の一つは、オンラインだからこそ可能な、生徒が自分のスタイルやペースで効率よく学べる仕組みの実現だ。
近年、ビジネスの世界では、イノベーションを生み出すために人材の「多様性」が重視され、AIが得意とする「課題解決力」より、AIの苦手な「課題発見力」が求められるようにもなっている。ところが、従来の初等中等教育はこれらに対応できていないケースが多い。
多くの初等中等教育の現場では、100年以上前に義務教育が導入された当初から、同一の場所に同一年齢の子どもたちを集め、同一目標に向けて同一教材を使った同一進行の授業で、課題の解決法を教えてきた。変革の試みはあるものの、この大枠は、いまだほとんど変化していないと言っていいだろう。
スタンフォード大学・オンラインハイスクールは、こうした、これまでの学校の「当たり前」をいったん捨て、最新技術を用いながら学校をデザインし直した。いわば、教育現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)である。
たとえば、本書によればオンラインでは世界初となる「反転授業」を導入した。生徒はテキストを読んだり、録画されたレクチャーを視聴したりして事前学習をし、授業時間は、学習した内容をもとに、平均12人の少人数制でディスカッションや演習を行う、というものだ。
時間割の決定にも、ICTを活用する。生徒は、事前に睡眠時間や課外活動の予定を学校に提出。タイムゾーンや教員のスケジュールと合わせ、コンピュータで最適化して時間割を決めるのだ。その際、全米各地や世界中から生徒が授業に参加するため、異なる時間帯に授業を分散させる仕組みとしている。
「哲学」を必修化し、新たな仕組みやルールを自らつくり出す力を醸成
誤解してはならないのは、オンライン授業をはじめとする教育へのICT活用は、「手段」であって「目的」ではない、ということだ。
スタンフォード大学・オンラインハイスクールの場合、教育や学校運営のプライオリティは「社会で子どもが生き抜く力を育むこと」にあり、ICTはそれを実現するためのツールにすぎない。
「生き抜く力を育む」という面からいえば、同スクールのカリキュラムにおいて特徴的なのは「哲学」の必修化だ。
現代は、予測不能で急速な「変化の時代」だ。今の子どもたちの就きたい職業が、彼らが大人になった時に、存在するかどうかすらわからない。そうした環境の中で子どもたちに必要なのは、次々と誕生する新しい仕組みやルールに適応する力とともに、新たな仕組みやルールを「自らつくり出す力」だと、星校長はいう。
哲学は、既存の常識やものの見方を疑い、枠組みを取り払って新たな考えや価値を生み出す学問だ。したがって、哲学の考え方の習得が、これからの時代を「生き抜く力」になるというのだ。
日本の教育においては、さまざまな法や規制もあり、同スクール式の教育を全面的に取り入れることは現実的ではない。しかし、オンラインでの反転授業をはじめ、部分的に取り入れられるノウハウはあるだろう。
何より、既存の枠にとらわれずに「学校」や「教育」を捉え直し、子どもたちのためにより良く変革していく姿勢こそ、学ばなければいけないことなのかもしれない。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『スタンフォードが中高生に教えていること』
星 友啓 著
SBクリエイティブ(SB新書)
264p 900円(税別)