オンラインなのに全米トップの進学校、日本人校長がめざす「生き抜く力」の養成

<情報工場 「読学」のススメ#87>

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ICTを取り入れて教育はどう変わっていくべきか(写真はイメージ)

昨年3月に緊急事態宣言が発出され、休校による子どもの教育の停滞に、不安を感じた保護者の方は少なくなかっただろう。

当時の文部科学省の調査では、臨時休校を実施または実施予定の自治体のうち、同時双方向型のオンライン授業を提供すると回答した自治体は約5%にとどまった。また、日本の学校教育におけるICT活用は他国より遅れており、授業中のデジタル機器の利用時間はOECD加盟国中最下位という調査結果もある。

パソコンやインターネットの普及で生活やビジネスが一変する中、教育にもまた、変化が求められている。ただしそれは、教育にやみくもにICTを取り入れればいい、という話ではない。オンライン授業では、先生が生徒の理解度を把握しにくい、生徒同士のコミュニケーションがとりにくい、といった課題も指摘される。

では、教育はどうICTを取り入れて、いかに変わっていくべきなのだろうか。

ヒントを与えてくれるのが、「スタンフォード大学・オンラインハイスクール」だ。校名の通り、インターネットを用いて、すべてオンラインで授業や課外活動を行うハイスクール(中高一貫校)だ。

インターネットを活用して中等教育を行う学校といえば、国内では2016年に開設された「N高等学校(N高)」が有名だ。スタンフォード大学オンラインハイスクールはN高より約10年早く開校。オンラインでありながら、スタンフォードをはじめハーバードやブリンストンなど、名門大学への合格実績もトップクラス。全米屈指の進学校の一つとして知られる。

同スクールの校長は、日本人の星友啓さんが務めている。著書『スタンフォードが中高生に教えていること』(SB新書)では、同スクールの運営方針やカリキュラム、最新の世界的な教育のトレンドなどを知ることができる。

星校長は、東京大学を卒業後、テキサスA&M大学哲学修士、スタンフォード大学哲学博士の課程を修了。スタンフォード大学哲学部の講師をしつつ、オンラインハイスクールの設立に参加、2016年に校長に就任した。

従来の学校の「当たり前」を捨てる

スタンフォード大学・オンラインハイスクールには、全米をはじめ世界各国の中学1年から高校3年までの生徒が在籍。2020年にアメリカの進学校(College Prep Schools)で1位となったほか、多くのメジャーな学校ランキングで全米トップに選出されている。

特徴の一つは、オンラインだからこそ可能な、生徒が自分のスタイルやペースで効率よく学べる仕組みの実現だ。

近年、ビジネスの世界では、イノベーションを生み出すために人材の「多様性」が重視され、AIが得意とする「課題解決力」より、AIの苦手な「課題発見力」が求められるようにもなっている。ところが、従来の初等中等教育はこれらに対応できていないケースが多い。

多くの初等中等教育の現場では、100年以上前に義務教育が導入された当初から、同一の場所に同一年齢の子どもたちを集め、同一目標に向けて同一教材を使った同一進行の授業で、課題の解決法を教えてきた。変革の試みはあるものの、この大枠は、いまだほとんど変化していないと言っていいだろう。

スタンフォード大学・オンラインハイスクールは、こうした、これまでの学校の「当たり前」をいったん捨て、最新技術を用いながら学校をデザインし直した。いわば、教育現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)である。

たとえば、本書によればオンラインでは世界初となる「反転授業」を導入した。生徒はテキストを読んだり、録画されたレクチャーを視聴したりして事前学習をし、授業時間は、学習した内容をもとに、平均12人の少人数制でディスカッションや演習を行う、というものだ。

時間割の決定にも、ICTを活用する。生徒は、事前に睡眠時間や課外活動の予定を学校に提出。タイムゾーンや教員のスケジュールと合わせ、コンピュータで最適化して時間割を決めるのだ。その際、全米各地や世界中から生徒が授業に参加するため、異なる時間帯に授業を分散させる仕組みとしている。

「哲学」を必修化し、新たな仕組みやルールを自らつくり出す力を醸成

誤解してはならないのは、オンライン授業をはじめとする教育へのICT活用は、「手段」であって「目的」ではない、ということだ。

スタンフォード大学・オンラインハイスクールの場合、教育や学校運営のプライオリティは「社会で子どもが生き抜く力を育むこと」にあり、ICTはそれを実現するためのツールにすぎない。

「生き抜く力を育む」という面からいえば、同スクールのカリキュラムにおいて特徴的なのは「哲学」の必修化だ。

現代は、予測不能で急速な「変化の時代」だ。今の子どもたちの就きたい職業が、彼らが大人になった時に、存在するかどうかすらわからない。そうした環境の中で子どもたちに必要なのは、次々と誕生する新しい仕組みやルールに適応する力とともに、新たな仕組みやルールを「自らつくり出す力」だと、星校長はいう。

哲学は、既存の常識やものの見方を疑い、枠組みを取り払って新たな考えや価値を生み出す学問だ。したがって、哲学の考え方の習得が、これからの時代を「生き抜く力」になるというのだ。

日本の教育においては、さまざまな法や規制もあり、同スクール式の教育を全面的に取り入れることは現実的ではない。しかし、オンラインでの反転授業をはじめ、部分的に取り入れられるノウハウはあるだろう。

何より、既存の枠にとらわれずに「学校」や「教育」を捉え直し、子どもたちのためにより良く変革していく姿勢こそ、学ばなければいけないことなのかもしれない。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

『スタンフォードが中高生に教えていること』
星 友啓 著
SBクリエイティブ(SB新書)
264p 900円(税別)

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COMMENT

冨岡 桂子
情報工場

スタンフォード大学・オンラインハイスクールでは、生徒同士がリアルな場で対面で会う機会がほぼない。だが、本書によると、それにも関わらず同スクールの生徒間には強い絆が生まれ、自分の興味や関心を深いレベルで共有できる「知的コミュニティー」が生まれているという。その理由は、セミナー、ディスカッション形式のオンライン授業にあるらしい。考えてみれば、通常の教室での授業は、生徒が皆同じ方向を見ていることが多いが、オンライン授業では、常に互いの顔を見てコミュニケーションがとれる。この違いは大きいのではないか。オンラインで制約があるからこそ、逆に積極的にコミュニケーションをとろうとする姿勢が生まれる、ということもあるだろう。同スクールは、新時代のコミュニティづくりのあり方のヒントも提供しているのかもしれない。

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