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単層カーボンナノチューブ量産開始―“夢の材料”用途開拓に期待

発見から約25年、製造技術の開発から10年を経て工業化に成功
単層カーボンナノチューブ量産開始―“夢の材料”用途開拓に期待

TASCが開発した透明導電フィルム(TASC提供)


名城大学教授 NEC特別主席研究員・産業技術総合研究所名誉フェロー 飯島澄男氏


産業化の出発地点
 ―産総研ではナノカーボン研究センター長を務め、実用化もけん引しました。
 「CNTは一大研究分野に成長した。日本発の炭素材料として実用化への期待も大きい。CNTの科学への貢献は100点だが、産業への貢献はまだ20―30点。日本ゼオンの工場が稼働し、ようやく産業化のスタートラインに立てる。ここまで来るには荒川社長の尽力が大きい。30年前から構想を温め、会社を説得し開発を続けてきた。新しい材料を世に出すには、それだけの志が必要だ」

 ―苦労した点は。
 「研究室で新物質を開発し企業に提案しても、大学で作れる数グラム程度では何も動かない。既存の製造ラインへ適合させ、製品の耐久性を試験するには数十キログラムからトンのオーダーで必要になる。まずCNTが安定供給されないと検証できない」

 ―量産化や用途開発では後進の研究者の貢献が大きいです。
 「研究も開発も、するのは人間だ。優秀な人材が集まり、良いアイデアが出た。これから本格的な製品応用が始まる。幅広い産業分野で知恵を貸してほしい」
 

NEDO 電子・材料・ナノテクノロジー部部長 山崎知巳氏 


熱意しっかり継承
 ―NEDOが支援を始めてから事業化まで18年かかりました。
 「18年間が長いか短いかは意見が分かれるが炭素繊維の実用化には50年かかった。CNTは発見から25年と半分だ。98年から製造技術の開発に取り組み、02年からは量産技術と並行して用途の開発を進めた。06年には単層CNTの性能を最大限生かすためキャパシターをターゲットに据え、同時に安全性も検証している。なにより用途が決まったら終わりでなく、世界に売れるデバイスに仕上げないといけない。キャパシターなど最初の製品が出てきて初めて工場を動かせる。

―用途と量産コスト、鶏と卵のようなジレンマがありました。
 「最初にCNTの量産を支える実用例を作ることが重要だ。そのためSG法の開発後、早い段階から企業などにサンプルを提供している。直近のCNT提供数は112件に上る。キャパシター以降も応用製品は控えている。産総研は論文にならない研究に愚直に取り組んできた。その貢献は大きい」

―設備投資が先行する多層CNTと価格競争になりませんか。
 「すぐに価格競争に陥ることはないだろう。単層CNTは半導体デバイスに使える品質と性能に仕上げた。差別化はできたが、技術流出はあってはならない。投資競争に陥らないよう注視していく」

 ―CNTは期待が高いだけに、多層CNTが伸び悩んだ時の落胆も大きかったです。
 「研究者や支援部門、CNT関係者全員が思いを一つにして進めてきた。その熱意は並外れている。くじけずに用途開発を進めたのは飯島先生の孫弟子の世代だ。熱意はしっかりと継承されている」
(文・聞き手=小寺貴之)
日刊工業新聞2015年11月02日深層断面に加筆
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
以下、取材・執筆を担当した小寺記者よりコメントです。  ナノテクブームではカーボンナノチューブ(CNT)以外にも金ナノコロイドやフラーレンも注目を集めた。現在、その産業化に成功したとは言いがたい。ナノ炭素材料の有望候補はグラフェンとCNT、フラーレンが挙げられ、世界的にはグラフェンへの投資が大きい。日本はCNT偏重ともいえる戦略で、CNT関連技術を育ててきた。高品質の単層CNTの安定供給は、産業化に向けた大きな一歩になる。  日本ゼオンの田中公章社長は「CNTは弊社が手がけてきた材料の中でも類のない夢の材料」と期待する。ただ「CNTが稼ぎ頭になるには10年かかる」とみている。競合炭素材料は導電性材料と市場は違うが、コスト競争に陥ればキロ数百円台まで下がる前提で考えた方が良いだろう。付加価値の高い半導体用途は金属類との競争だ。まだまだ果敢な挑戦者が求められている。

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