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コロナ重症患者を救え、「ARDS」国内臨床の行方

コロナ重症患者を救え、「ARDS」国内臨床の行方

ヘリオスの「マルチステム」は肺に集積して過剰炎症を抑制することが期待される

新型コロナウイルス感染症の重症化時に発症する「急性呼吸窮迫症候群(ARDS)」に対する国内臨床試験が始まっている。肺で炎症性細胞が活性化されて組織が傷つく疾患で、重度の呼吸不全を招く。今のところ有効な治療薬はなく、人工呼吸器をつけて回復を待つしかない。そこで注目が集まるのが、炎症を抑える効果があるといわれる間葉系細胞だ。重症化からの死亡を防ぐべく、検証が進む。(取材=門脇花梨)

【肺機能を改善】

「注目される前から臨床試験を進めている」。ヘリオスの鍵本忠尚社長の口調が熱を帯びる。同社は米アサシス社が創製した間葉系幹細胞製品「マルチステム」を日本でARDS治療薬として開発・販売する権利を持つ。

2019年から臨床試験を進めていたところ新型コロナが流行し、新型コロナ由来のARDSについても厚生労働省など規制当局に相談。5人の患者を対象に臨床試験を実施した。

マルチステムは骨髄由来の間葉系幹細胞を活用した治療薬。ARDS発症から一定の時間内に静脈投与すると、肺に集積して過剰炎症を抑制することが期待される。損傷を受けた組織を保護して修復を促進し、肺機能を改善するという。

鍵本社長は「ARDSの原因となるのは感染症だけではない。治療薬を作っておくことは大きな意義がある」と意気込む。

同社のARDS臨床試験については、年内に患者の組み入れが終わる予定。新型コロナ由来の臨床試験結果も重症肺炎由来の試験結果とまとめて公表するという。申請に向け、準備を進める。

一方、ARDSに初めて挑戦するのが、へその緒由来の間葉系細胞を研究・開発するヒューマンライフコード(東京都中央区)だ。同社が開発中の細胞も肺に集積して過剰炎症を抑制する可能性がるため、新型コロナ由来のARDSを対象とする臨床試験を実施する。11月中には投与を開始する体制を整える。

原田雅充社長は「まずは1人に投与して安全性と有効性を確認する。へその緒由来の間葉系細胞はドナーに負担をかけずに採取できるなどメリットが大きい。ぜひ活用してほしい」と期待を寄せる。

【スピードが大切】

ヒューマンライフコードはへその緒由来の間葉系細胞にARDSから生存した人の多くが陥る筋力の低下「サルコペニア」の改善効果も期待している。全身に炎症が起きている状態と考えれば、筋力低下の修復も可能だという。

新型コロナ流行“第3波”といわれる今、重傷者数も再び増加傾向にある。ARDSのような重症化した疾患に対処する薬は、治療薬以上にスピードが求められる。まさに意思決定が迅速で機動力のある創薬ベンチャーの出番とも言える。

また培った経験は次に生かせそうだ。ヘリオスはマルチステムの利益を同社が独自に開発したiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究開発に投資、早期実用化を目指す。次の展開に注目が集まる。

日刊工業新聞2020年11月24日

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