《中小企業のM&Aストーリー#01》向井珍味堂とヒガシマルの“結婚”

ともに成長軌道へ

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創業当時の向井珍味堂(左)とヒガシマルの東社長
 中堅・中小企業によるM&A(合併・買収)が増えている。従来は不振企業の救済という負のイメージで語られることが多かった中小M&Aだが、最近では友好的M&Aを成長戦略として取り組む企業が増加傾向にある。売り手と買い手が協力し、新たな企業価値の創造を目指すM&Aは、いわば、企業の”結婚“ともいえる。中堅・中小M&Aの新たな潮流について、三つのストーリーを追った。

後継者と決めつけ、子どもの夢を制限したくない


 大阪市南部の住宅街、平野区。向井珍味堂(出来正樹社長、06・6791・7337)は、その一角できな粉や唐辛子などを製造する業務用食品メーカーだ。国産原料にこだわり、高品質品を製造。環境負荷の低い殺虫・殺卵技術に強みを持つ。
 
 同社の前オーナーである中尾敏彦氏が、M&Aを含めた事業承継を検討し始めたのは約15年前。実父の後を継ぎ社長に就任したころだ。当時中尾は44歳だったが、次の後継候補の娘はまだ9歳だった。中尾自身も「親の敷いたレールを歩く人生でいいのか」と反発し、新卒で商社に入社した経緯がある。後継者と決めつけ、子供の夢や可能性を制限してしまうことに、中尾はためらいを感じた。

 「自分が退いた後のことを、準備しておかなくては」と考えた中尾は、技術開発やネット販売など新事業に取り組む一方、事業承継に関する勉強も始めた。大阪商工会議所や中小企業基盤整備機構のセミナーを受講し、大阪中小企業家同友会に所属する知人企業の事例を聞いて回った。

 事業承継を考え始めてから約10年。中尾の娘も成人したが、娘は教育の仕事を志望し会社の経営には後ろ向きだった。従業員への承継も考えたが、当時の社内には経営の才覚を持つ人材はいなかった。「身内にも従業員にも継げなければ、外部にお願いするしかない」そう考えた中尾は、中堅・中小企業のM&Aを仲介する日本M&Aセンターの門をたたいた。

 承継先に求めた守ってもらいたいこと

 中尾が承継先に求めたのは「社名、ブランド、従業員、得意先、モノづくりの基本理念を守ってくれること」だ。条件を満たす相手として現れたのが、鹿児島県日置市に本社を置く乾麺・水産飼料メーカーのヒガシマルだった。「東社長に会って、この人なら当社の理念を尊重してくれると感じた」と中尾は振り返る。

 M&Aの調印式で中尾は「実印を押した瞬間の緊張感と押した後の脱力感が印象的だった」と語る。ふと自分の後継者になる新社長の印鑑証明を見ると、記載されていた誕生日が偶然にも娘と一緒だった。中尾は「会社は社長の子供同然と言うが、何かを示唆された気がした」と遠い目をする。

 中尾は現在、会長兼最高顧問として後進の指導に当たっている。残り1年の任期の後は「現役社長時代は忙しくてできなかった、平野区の産業振興に協力したい」と夢を抱く。企業経営で得た中尾の知見と経験が、今度は地域経済活性化の一翼を担う。

日刊工業新聞2015年10月20日/21日金融面

COMMENT

神崎明子
デジタルメディア局
編集委員

 独自の技術や製品を持つ企業が後継者難を理由に廃業に追い込まれることは日本にとって大きな損失です。今回の記事で取り上げている友好的M&Aは、事業承継の手段のひとつとして注目されています。なかなか表に出ることのないM&Aをめぐる「ストーリー」。世代交代期を迎えた企業にとってヒントになるのではないでしょうか。  ヒガシマルでは、創業者と現社長の個性の違いにも触れられていました。強烈なリーダーシップで事業を拡大してきた創業者と調和を重視する温厚な2代目-。こうしたケースもよく見聞きするだけにヒガシマルが今後、どんな成長戦略を描くのか注目されます。

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