「本能寺の変」黒幕説は司馬遼太郎のせい?呉座勇一が語る陰謀論と現代社会への教訓

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著者登場/呉座勇一氏『陰謀の日本中世史』

―執筆の狙いは。

「根拠が分からないフェイクニュースは、昔からある陰謀論と構造が似ている。裏で全て操る者がいる『黒幕説』に引っかかる人は、フェイクニュースにも引っかかりやすい。現代人にとって利害が直接絡まない中世をテーマにし、冷静に議論するモデルをつくりたいと思った」

―特に「本能寺の変」には黒幕説が多くあります。

「明智光秀に関する資料の多くが残されておらず、織田信長を襲った動機が分からない。朝廷や室町幕府が黒幕として存在し、光秀がそれら古い権威を大事にしていたというイメージがあるが、学術的には根拠がない。そのイメージは司馬遼太郎の小説『国盗り物語』によるところが大きい。はっきりとした二項対立をつくると説得力がある。ただ実際の社会はそんなに単純じゃない」

「豊臣秀吉黒幕説もあるが、それは秀吉が光秀を討ち取り、天下を取ったという結果から、原因を逆算しているだけだ。原因と結果を一直線につないで説明すると分かりやすい。だがそうした完全犯罪のようなシナリオは、推理小説でしか成り立たない」

―歴史上の人物の英雄史観に慎重です。

「ビジネス雑誌に出てくる戦国武将は、『先を見通すビジョンを持て』という教訓を前提に描かれる。だが、そこばかりを強調するのはむしろ有害ではないか。関ヶ原合戦の時の徳川家康は、石田三成が大規模な軍勢で挙兵するとは想定していなかった。会津の上杉景勝が江戸に攻め込むか分からない状態では、関ヶ原に向かうこともできなかった。家康はそうした想定外の事態から、最終的に勝利した。大事なのは、当初見通しから外れた時にどう立て直すかという『リカバリー力』だ」

―歴史上の人物のイメージは多くが後世に創作されています。

「応仁の乱は、有力大名の畠山氏の家督相続問題をきっかけにした細川勝元と山名宗全の権力闘争が軸だ。だが多くの人を巻き込みすぎて、当時の人たちですらなぜ戦っているか分からなくなった。結果的に、日野富子が息子の足利義尚を将軍にするため悪事を働いて勃発した、という分かりやすい説が広まる。それは女性が政治に関わることへの偏見も影響している。下世話な話を大衆が求めるからこそ後から多くの尾ヒレがつく。現代の週刊誌やワイドショーと大して変わらない」

―現代社会への教訓は。

「自分の仮説に都合が良い資料に出会った時こそ、すぐに飛びつくのではなく一度立ち止まれるかが大事だ。自説を守るために、事実をねじ曲げてはいけない。『これが真実だ』と自説を主張する人がいるが、事実を明らかにする大変さを自覚しているならば、『真実』という言葉は軽はずみに使えないはずだ。人間は『よく分からない』という状態が続くと心理的につらい。答えのようなものを得て安心したい。新型コロナウイルス問題で、怪しいニュースがまん延している今だからこそ、確かな情報リテラシーが問われている」

(聞き手・園尾雅之)
◇呉座勇一(ござ・ゆういち)氏 国際日本文化研究センター助教
11年(平23)東大院人文社会系研究科博士課程修了。同研究科研究員などを経て、16年から国際日本文化研究センター助教。専攻は日本中世史。主な著書『応仁の乱』(中公新書)は学術書として異例のベストセラーになった。ほかに『一揆の原理』(ちくま学芸文庫)など。東京都出身、39歳。

日刊工業新聞2020年8月3日

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