依存症患者は意志が弱いのではなく、むしろ強い?「常識」を覆す伝え方とは
アルコールや薬物の依存は社会問題になっているが、多くの人は原因を個人の意志の弱さや性格に求めがちだ。斉藤章佳氏は著作や年100回以上の講演で依存症の実態を示すことで誤解を解き、回復、治療法を提言し続けている。人々の間違った認識を塗り替える「伝え方」を聞いた。(栗下直也)
―依存症は身近ですが、対応は精神論で語られがちです。
「依存症の人は日本では『ダメ人間』と切り捨てられ、『しっかりしろ』と鼓舞され続けてきた。だが、依存症の本質は脳の報酬系といわれる機能不全だ。本人が止めようと思っても、特定の条件下で引き金がひかれると、行為を繰り返してしまう。梅干しを見ると唾液が出るのと類似の条件反射の回路が、脳内にできあがってしまっている」
―長い歴史で培われてきた「常識」を覆すのは難しいのでは。
「講演では最初に、聞き手の間違った認識をエビデンスで覆す作業を意識している。例えば、痴漢の加害者は性欲が主たる動機ならば思春期のテストステロン濃度が最も高い男性が中心になるはずだが、実際には大卒の既婚者が多い。そして、性欲ゆえの犯行ならば、時も場所も選ばないはずだが、交番の前や勤務している会社で及ぶ者はいない。つまり、性欲の暴走でなく、明らかに選択された行動だ」
「万引き依存症も、意志が弱いからやめられないというのは誤解だ。彼らはその犯行とは裏腹に意志が強く几帳面で、非常に他者迎合的だ。依存症の患者は、世間の常識と正反対の場合が多い。意志が弱く、だらしない人はなりにくい」
―講演では聞き手の属性もさまざまだと思います。
「聞き手の目線や価値基準を踏まえた上で話している。例えば、小中学校で薬物乱用防止について話す時は、難しい言葉を極力使わないのはもちろん、説明にスマートフォンなど彼らにとって身近なツールを使うことで関心を持たせるようにしている」
―依存症に誰もがふとしたきっかけでなる可能性がある以上、気をつけるべきことは。
「弱さを認め、ありのままの自分をさらけ出すことができる居場所が重要だ。依存症の人は周囲からの叱責もあり、自分が意志が弱い、ダメな人間だと思い込んでいる。だが、例え強くなろうとしても容易には回復しない。自分にとって再発の引き金は何か、どういう状況だとリスクが高まるのかなど弱さを認識することが、やめ続ける強さに変わっていく」
【略歴】精神保健福祉士、社会福祉士。榎本クリニックでアルコール、薬物、性犯罪、盗癖など様々な依存症治療に携わる。著書に『男が痴漢になる理由』『しくじらない飲み方』など。