伊豆を愛する馬鹿者・よそ者が教えてくれる、「ワーケーション」に向く人
日本政府も積極的に推進し始めた「ワーケーション」。ワーク(仕事)とバケーション(休暇)をプラスした造語だが、早速有識者などから横槍が入っている。「遊びながら仕事なんぞできるものか? ダラけて仕事にならないに決まっている!」「結局ワークだけになりかねない」と。その通り“ダラけ体質”の人には向かない。従来通り会社と自宅で仕事をしたほうがいい。だがワーケーションで生産性が上がる人、新しい仕事やアイデアに結びつけられる人もいる。
公(仕事)も私(プライベート)もミックスして、働きながら、遊びながら、学びを探求しながら、そして普段出会えない人々と交流しながら生活するのがワーケーションの醍醐味。これで仕事の質もバリエーションもアップすると考える人に、ワーケーションは向いている。
しかし“場所”と、“人”を選ぶべし。ここが肝心だ。静岡県東伊豆エリアは、ワーケーションの先進地域として注目を浴びている。過疎認定を受け、観光だけでは将来的に立ち行かなくなった伊豆半島の突端の下田、そして東側の稲取で、ワーケーションをマネジメント、オーガナイズしながら謳歌する4人の男達にたずねた。「あなたたちはなぜそこにいるのですか?」
下田っ子の熱量が人と人の絆を繋ぐ
関東近辺で抜群に透明度の高い海を誇る下田。明治期、かのペリーの黒船来航地でもあり“程よいハイカラ気質”の街。ハイシーズンの夏には観光客がどっと押し寄せ、相当景気が良い時期もあったが、最近は時代に置いてきぼりにされた観光地としての印象が拭えない。
少子高齢化・過疎化が進み、人口がどんどん減少していく中、関係・交流人口を増やすべく、「Living Anywhere Commons」(以下LAC)が2019年に立ち上がった。居住スペースとワークスペースを定額で提供するだけでなく、地元民との交流・仕事のマッチング拠点としての役割も果たす。
LAC伊豆下田のコミュニケーションマネジャーとして働く梅田直樹さん(48歳)は、下田生まれの下田育ち。保守的かつ衰退していく地方活性には「馬鹿者、よそ者、若者」の三者の積極的な関わりが必要と言われるが、梅田さんはいい意味での馬鹿者。地元出身の粋狂とも言える人間の熱量が、発展の牽引力になるのだから。
自分を生み育ててくれた街がゆるゆる衰退していく様を憂いた梅田さん。家業を辞めて、地元住民と観光客の交流スペース運営会社VILLAGE INC.に転職。その後LAC伊豆下田の立ち上げに参画した。LACは会津と八ヶ岳などにも拠点があるので、各地を行き来する日々だ。「黒字経営になるにはまだまだ道は遠いのですが、LACの未来は明るいです」と語る。
2ヶ月前 までLACはビジター受け入れ停止に追い込まれ、伊豆下田は定住者が1人という状態だったが、緊急事態解除後から徐々に受け入れを再開。現在オンシーズンの下田ではビジター客、定住者が増加中。LAC伊豆下田は、非常に“良いスパイラル”に入っているからだ。
「僕の役目は、ひたすら人と人を繋げること。オンラインでもオフラインでも、移住者でも、地元民でも人を繋げ、その絆を有機的に使ってもらうこと。下田人は、根はあったかくて優しい。でも、漁師気質で表面的にワイルドな人が多く、よその人が怖がってしまうこともあるので、僕が間に入って怖さを中和する(苦笑)。おかげで絆がどんどん広がっています。50年近く下田で生きてきた中で、もっとも熱くていい“波”が来ていると実感します」
よそ者だからこそ見える“下田の明暗”
会社員としてLAC伊豆下田立ち上げプロジェクトに参画していたのが、東急エージェンシー・戦略事業本部エリアプロジェクト局の長谷川光さん(50歳)。広告代理店で地域活性にかかわる案件を数多く手がけ、今年3月まで、下田市観光交流課付きのアドバイザーとして、観光戦略としてのワーケーション事業に尽力してきた。少子高齢化が進み観光強化が難しいなか、単なる観光から関係・交流人口の増加にテーマのレイヤーをあげて事業に取り組んだ。
長谷川さんは縁もゆかりもない全くの「よそ者」。だからこそ、下田が抱える問題を客観的に見ることができる。古いもの=悪ではないが、新しい価値観を排除して既得権益にしがみつく人が少なくないことを長谷川さんは危惧していた。関係・交流人口の最大化に向けた仕組みづくりの予算を下田市長に提案したが、結局充分な予算は割かれず、アドバイザーも解任されてしまう。
「血税の使い道として、優先順位が低くなってしまったのは残念です。新しい観光の視点で経済を活性化するより、他にお金を使いたいとの判断だったのでしょう。でも、コロナ禍で風向きは変わるかもしれません。首都圏から電車で約3時間、遠からず、近からず。青い海と美しい砂浜、超絶美味しい海の幸がここにはあります。同じ海岸エリアでも、人気の湘南地域のように“意識高い系住民”がマウントを取ってくることもありません(苦笑)。それでいて、文化的成熟度も高い。ここでワーケーション利用にお金を投じることは決して無駄ではないでしょう。今後下田の空き家を自分のチームで買い取って、ワーケーション利用できたらいいなとも妄想しています(笑)」と長谷川さんがコメントしていたのが6月中旬。関係交流人口の最大化の仕組みに予算は割かないと判断した前下田市長が選挙で敗れ、新しい市長が選ばれた。
また、飲食関係の有志が行なったクラウドファンディングが、あっという間に数千万円を達成したことを受けて、各地に下田ファンが多数いることが判明した。関係人口・交流人口の増加の重要度を新市長が認めたのか、長谷川さんは改めて下田市のアドバイザーに帰り咲いた。「確実に“いい潮目”が下田ワーケーションにきているんですよ」と長谷川さんは断言する。
※後編は明日公開
(取材=ライター・東野りか)