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知名度ゼロから一躍注目を浴びる時計ブランド

文=尼口友厚(ネットコンシェルジェ CEO)「MVMT Watches」質の高い材料と洗練されたデザインを低価格で
知名度ゼロから一躍注目を浴びる時計ブランド

「MVMT Watches」ウェブサイト


大学をドロップアウトして時計ブランドを設立


 この時計サイトを起ち上げたのは、Jake Kassan(写真左、以下キャサン)氏とKramer LaPlante(写真右。以下ラ・プランテ)氏の2人。キャサン氏は高校時代から衣服を販売するECサイトを運営していた人物で、サンタ・バーバラ市立大学入学以降もECサイトのコンサルタントも行ってきた。

 事業に夢中になる一方で、大学生活は肌に合わないと感じていたというキャサン氏は、ある時ルームメイトのラ・プランテ氏と話し合って、一緒にビジネスを展開することに決めた。2010年には大学を退学し、それまで取り組んでいたECサイトのコンサルタントとしての仕事に本腰を入れることになる。

 2人が構想していたのは、リーズナブルで質の高い時計を若者に販売するというプランだった。2人は大の時計好きだったが、その一方でスタイリッシュでモダンな時計を購入するのに大金を支払うという考え方は好きになれなかった。

 キャサン氏によると多くの企業は中間業者やマーケティングにお金を掛けた結果、本来の価格より900%も高額になってしまうという。しかし時計の場合は高額であれば、品質が良く、豪華であると錯覚させることもできるから、公平な価値がなくとも売れてしまうのだ。こうした事情を知っている2人は、そこまでお金を掛けなくても、高品質な時計をデザインし、製造することができるのに、と常々感じていた。

 また2人の考えているような時計は、高級ブランド好きや既にいくつも時計を持っているような人たちには合致しないが、スタイリッシュでモダンなデザインの時計をより公正な価格で欲しいと考えている20代ごろの若者であればぴったりはまると考えた。

 自分たちの作りたい時計と利用層を見定めた2人は、2013年に貯金の4000ドル(約48万円)を元手にブランドを設立することを決定。しかし時計ブランドを設立するのに48万円では足りないため、クラウドファウンディングサイトのIndiegogoで支援を募ることにした。

 このプロジェクトが多くの人々の支持を集め、目標金額を大きく上回る22万ドル(2640万円)以上を集めることに成功した。この成功度の高さは、Indiegogoのファッションカテゴリのものとしては史上2番目の規模だったという。

 Indiegogoで好評を得たことが影響してか、続いてPlay Boy誌やAsk Menという男性向けのメディアサイトなど数多くの有名雑誌、有名サイトに取り上げられると、2014年には世界最大級のECサイト開設サービスのShopifyが開いた「Shopify’s 4th Build-A-Business 」という一定期間の売上を競うコンテストで2万1000以上の応募の中から10位以内に選出され、売上の点からも成功を収めていった。

頻繁にリサーチを重ねることで本当に良い製品なのかを確かめた


 キャサン氏らは自分たちのつくった時計に自信を持っていたが、コストを抑えても質が高く、デザインが良い時計である、と顧客にも思ってもらえるか確かめたいと思った。

 そこで開発した腕時計をどう思うか、リサーチを徹底的に重ねた。例えば女性用のコレクションを売り出すときにはヨーロッパのトレンドとなっている街としてロンドンを選び、そこに住む20~70代の女性に向けて調査を行った。

この時の質問事項は、以下の3点だ。

 1. あなたはこの時計を着けてみたいと思いますか?
 2. どんなところが一番好ましいと思いましたか?
 3. この時計はいくらぐらいの値段だと思いますか?


 1番目の質問には、女性の87.3%が時計を好み、22.7%は時計は好きだが自分のスタイルには合わないと答えた。2番目の質問には、34%がデザインのシンプルさ、26%が皮の質が良いことを挙げた。また最後の質問に対しては、ほぼすべての女性が実際の価格よりも高い価格を答えた。

 このリサーチにより2人は、「高価な時計だけが優れた品質とデザインを持つ」という考えは先入観に過ぎない、と確信できたという。キャサン氏らはこのリサーチだけで終わらせるのでなく、米国でも頻繁に意見を聞いたり、自分たちでも何度か時計を着用してテストを重ねているそうだ。

 MVMTの成功要因は、質の高い材料と洗練されたデザインにこだわる一方で、中間業者やマーケティングにかかる費用を抑え、低価格化を実現したというごくシンプルなものだ。しかし製品の質の高さに自信を持ちすぎて独りよがりになることのないよう、積極的に顧客にヒアリングを行うことで一般的な考えとずれがないかを頻繁に確かめている。

 良い材料を使って良質な製品を送り出したと思っても、市場にはあまり受けいれられなかった、というのはよくあることだ。MVMTの場合はそうしたズレが起きていないかを定期的に確かめることで、成功をより確かなものにしていると言えるだろう。
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
先日記事をアップしたソニーのFES Watch。コンセプトは違えど、同じ時計で資金もクラウドファンディング。しかもFES Watchもいかにシンプルにして世に送り出すか。徹底的に想定顧客のヒアリングをした。興味のある方はそちらの記事を。 http://newswitch.jp/p/2172

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