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新型コロナの不安、「愛」や「感謝」が心をリラックスさせる

『セカチュー』作者が届ける物語

剣道で大切な「四恩」

いまはコロナでお休みだけれど、普段は週に5日ほど子どもたちと一緒に剣道をしている。剣道では「四恩」を大切にしなさいと教えられる。四つの感謝の気持ち、生み育ててくれている親への感謝、剣道が息づいている日本という国と伝統への感謝、指導してくれている先生方への感謝、そして一緒に稽古をしている仲間への感謝である。

感謝や人を思いやる気持ちを大切にするのは、たんに道徳的な意味合いだけではないだろう。実戦のなかでいかに平常な心を保ち、清明な目を持ちつづけるかという、武道の奥義にも通じるものがあるのではないか。

いつか中国の武術家の話を聞く機会があった。彼がやはり「感謝」ということを言っていた。感謝はソフトやリラックスに通じる。武術の要は筋肉ではない。トレーニングによって筋肉を鍛えることは誰にでもできる。その筋肉をいかにやわらかく保つかが難しい。心と身体が常にソフトでなければならない。ソフトであるから、素早い動きや変化が可能になる。全身はソフトで常に流動している。打突のポイントだけが固い。

身体がソフトであるためには、心もソフトでなければならない。すなわちリラックスである。心をリラックスさせ、静と安心を与えるのは「愛」や「感謝」である。やわらかい心と身体が何よりも大切である。そんなことを中国武術の達人は話してくれた。

健康という言葉は、「健身」と「康心」が組み合わさってできている。健やかな身体と康らか(安らか)な心である。いまは健康というともっぱら身体のことだけを考える。やすらかな心が抜け落ちている。今回の新型ウイルスでも、あまり恐怖や不安や過剰な警戒心を煽ると、やすらかな心どころではなくなる。それではいくら身体のほうを治療しても快癒は得られまい。

ぼくは現在61で、少しずつ老いや老化のことを考えていかなければならない年齢だ。できれば上手に年老いていきたいものだと思う。健康が健やかな身体とやすらかな心とすれば、このバランスが崩れることが「老い」や「老化」の本態ということかもしれない。歳を重ねていけば、どうしても身体のほうが健やかではなくなる。あちこちに不具合が出てくる。不如意なことも増えてくる。やすらかな心で受け入れることができればいいのだが、身体に引きずられて心もやすらかではなくなる。固くなり弾力性を失いがちになる。

感謝の気持ちを

そこで中国の武術家も重要だと言っていた感謝の気持ちを思い出してみる。ぼくは最近、朝起きたときは腰が痛くてしばらく伸びない。靴下を履くのも難儀する。庭で少し体操やストレッチをする。そういうときにとりあえず、空や太陽に感謝する。今日も頭の上に広がってくれていてありがとう、明るく照ってくれてありがとう。

奥さんや子どもや猫にも感謝する。無事でそばにいてくれてありがとう。ちょっと寝不足だけれど、今朝もつつがなく仕事ができることに感謝する。夜のあいだに呼吸や心臓が止まらずに、生きて朝を迎えられたことに感謝する。

落ち込む前に、とりあえず何かに、誰かに感謝する。愚痴をこぼしたくなるところを、無理やり「ありがとう!」と言ってみる。剣道では「先をとる」という。機先を制する。感謝の先制攻撃を浴びせる。心が内向きに固くなっていくときこそ「感謝」である。

そういう気持ちにならないときは、とりあえず「ありがとう」という言葉を思い出す。この世に「ありがとう」という言葉があってよかったなと思う。それだけで気持ちが少しほっとする。心なしか世界が明るくなった気がする。

300万部突破の大ベストセラー『世界の中心で、愛をさけぶ』などの著作で知られる作家の片山恭一さんのエッセイ『Webの片隅で』がニュースイッチオリジナルで連載中です。隔週で掲載予定です。
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