元日立社長の庄山氏死去、新潟県人らしく我慢強く「美しい科学技術立国」を唱える

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日立の「社長像」を変えた庄山さん

日立製作所名誉相談役で元会長・社長の庄山悦彦(しょうやま・えつひこ)氏が5日に亡くなった。84歳だった。庄山氏は新潟県高田市(現上越市)生まれ。東京工業大学理工学部で電気工学を専攻、1959年に卒業して日立製作所に入社した。日立工場副工場長や国分工場長、栃木工場長などを通じて生産現場での経験を積んだ。

99年に社長に就任し、電機業界を取り巻く市場変化に応じた経営体制の再構築を目指して「小さな本社」づくりを主導した。あわせて、国内主体だった事業の海外展開も積極的に進めて日立のグローバル化に尽力した。コーポレートガバナンス(企業統治)改革への意識が高く、業界でもいち早くグループ会社を含めて委員会設置会社に移行した。

社業以外では政府の総合科学技術会議の議員や経団連副会長などで活躍。日刊工業新聞社のモノづくり推進会議(現モノづくり日本会議)の共同議長を長く務め、技術とモノづくりの重要性を多くの人に訴えた。2007年7月、日刊工業新聞の寄稿連載「広角」で4回に渡って訴えた提言は、今の日本でも通じる内容だ。

国民の英知と行動力が唯一の競争資源

日刊工業新聞2007年7月「広角」より

私が議員を拝命している政府の総合科学技術会議は毎週、8人の民間議員と担当大臣が集まって議論をする。その結果を月1度ずつ、安倍晋三首相が出席する本会議に提言し、同時に先端的な技術をできるだけ具体的に紹介している。技術を理解するには言葉だけでなく、肌で感じることが大事だからだ。一国の首相が科学技術のことを毎月議論する機会を持つ国は、世界にもそうないのではないだろうか。

政府は政策のキーワードとして『イノベーション(改革・革新)』を掲げた。非常に良いことだ。日本は鉱物資源に乏しい国であり、国民の英知と行動力が世界の国々と伍(ご)していく上で唯一の競争資源と言っていい。

もちろんイノベーションとは単に科学技術だけでなく、さまざまな分野に必要とされる。ただ、その中核となるのは「融合によるシナジー」を、どう生み出すかということだと思う。20世紀までは工業社会。21世紀は知的産業の時代だ。それはさまざまな知識、経験の融合によってもたらされる。

世の中には狭い分野を深く研究する専門家はたくさんいる。しかし、そうした技術を組み合わせることが出来る人は少ない。その人材が、これからの社会では重要になる。日本人は、昔は融合が得意だったが、今は不得手になってしまった。企業が右肩上がりで成長した時代に効率を突き詰め過ぎたせいかも知れない。組み合わせの中から新しい価値、新しい仕組みを生み出すためには、ある程度のムダやロスも必要だからだ。

自社のことを言えば、日立製作所は世界でも例のないくらい多くの専門領域に事業展開している。それだけ融合に向いた企業であり、もっとシナジーを発揮できるはずだと考えている。

政府の第3期科学技術基本計画の中では、第2期までの成果を踏まえつつ、生活者から「ありがたみ」が見えやすいようにすることが大きなテーマになった。6月1日に閣議決定された「イノベーション25」には「社会還元加速プロジェクト」が盛り込まれたが、これは総合科学技術会議が提案した施策だ。

首相の提唱する「美しい国」に科学技術が貢献する上で、生活者の視点はとても大事なことだ。しかし同時に難しいことだとも思う。

なぜなら、科学技術とは結局は“裏方”だからだ。たとえば、電気を国民に、いつでも必要なだけ供給するためには相当な技術力が必要だ。何か問題が起きると、それが改めて認識される。しかし何もなければ、生活者がいちいち科学技術を意識することはないだろう。

技術の融合によるシナジーの発揮にも、残念だが時間がかかる。たとえばハードディスク(HD)の垂直磁気記録は記録密度を飛躍的に高める技術であり、パソコンや家庭用録画機の大容量化を実現した。それが最初に日本で技術が生まれてからモノ(製品)になるまで27年もかかった。

科学技術とは、あまり短期的に考えてはいけない。タネをまいて、水もやらずにすぐ実がなるものではないからだ。

日本の技術力は素晴らしい。世界の先端にあるものがいくつもある。国民にもっと、そのことを知ってもらいたい。

これからの日本は、その技術力をいかした「科学技術外交」を展開するべきだ。その好例が、首相が先ごろの先進国首脳会議で「2050年までに世界の二酸化炭素排出量を半減する」と提唱したことだろう。これは日本の技術力を背景にしなければ不可能な発言だ。

環境や省エネルギーに関する技術について、日本は世界に冠たる存在だ。身近な商品で言えば、冷蔵庫もエアコンも徹底した省エネが進み、しかも便利で使い勝手の良いものになっている。環境保全に貢献しながら、その便利さを全世界で感じてもらいたい。大いに「日本ブランド」を高め、世界に広めるべきだし、やれると思う。

経済界は、昨年のベトナム、今年の中東と、安倍首相の海外訪問に同行して大型視察団を派遣した。これは日本の強さをいかすものであり、その意味で「科学技術外交」のひとつの現れだと言える。

「技能五輪」の意義

昨今の経済界は金融資本的な要素が強くなっている。確かにその方が急速に変化するし、短期的に企業業績を上げることもできるかも知れない。

しかし多くの国民が生きていくためには金融だけでは十分ではない。日本人の強み、鉱物資源を持たない島国という特徴を考えると、やはり日本はハードとソフトの両面からモノづくりをキチッとすべきだと考える。

何でもかんでも日本で作るという考えはない。中国やアジアを含めた国際分業が必要なのは言うまでもない。違うのは、日本は自分たちで何かを生み出さなければならないということだ。日本は独自の技術をいかし、他の国の先頭に立ってモノづくりを進める。

そのためには基本的なハードの技術・技能を大事にしなければならない。競争力の源泉となる人材の確保は「モノづくりニッポン」の発展の基盤として不可欠だ。ハードのないシステムなど、どこにもない。ただ日本では、こうした技能を大事にする企業が昔より減ってしまったのではないか。

日立製作所は技能工について、創業当初から社内に「徒弟養成所」を設けて人材を育ててきた。そして今も、文部科学省認可の専修学校としてそれを続けている。卒業生からは極めて優秀な技能者が育ち、過去の技能五輪でも多くのメダルを獲得した。

今年の11月には第39回の技能五輪国際大会が静岡県沼津市で開かれる。日本では70年の東京、85年の大阪に次ぐ3度目の開催だ。日立関係では7人が選手として出場することになっている。

技能五輪の選手になるような社員は高い志を持っており、後輩を育てる能力、プレーイング・マネジャーとしての能力、そして倫理観も含めて、素晴らしい人間だ。だからそういう社員が少しでも多く生まれるよう、全社的取り組みを通じて技能の育成・伝承に力を入れている。

もちろん日本にとってはハードだけでなく、ソフトウエアのモノづくりも大事だ。ただソフトの生産性は個人差が大きい。生産性を向上するためにはITを積極的に採り入れていかなければならないが、この点では残念ながら、まだ日本は欧米に比べて遅れている。

これに対してハードの技能は、チームワークによって生産性を高められる。日本人は勤勉で忍耐強い。しかもチームワークが得意だ。これはモノづくりに向いた国民性であり、実際に技能の分野で日本の実力は世界に冠たるものがある。確かに技能五輪では韓国や中国などお隣の国が頑張って一時、日本の成績が振るわなかったが、今はそうではない。われわれ産業界は日本の技能を育て、モノづくりを復権する意味でも積極的に選手を育てなければならない。

日本の国民性という点では、顧客の要求も忘れてはいけないだろう。日本のお客さまは、実に厳しい。メーカーにとっては辛いことも多いが、だからこそ日本では信頼度や品質の高い使い勝手の良い製品が生まれる。これも日本の素晴らしい特徴であり、モノづくりを育てる環境と言えるだろう。

日本の電機メーカーの多くは過去10年ほどの間に、厳しい国際競争にさらされて何度も大きな赤字を出した。コストを下げるために競うように後工程の工場を海外に移転し、国内で生産する量が減った。

しかし海外工場を運営してみると、予想していた以上にさまざまなリスクがあった。モノづくりについて最もリスクが少ないのは日本に工場を置くことだ。そのことを改めて認識した。日立は03―05年に「ネクスト・メード・イン・ジャパン」というコンセプトを掲げて国内でのモノづくり強化のキャンペーンを行った。

かつて日本のメーカーが若干、自信をなくしていたのは事実だ。その時代と今とでは大きく変わった。日立もまだ業績の面では困難を抱えているけれども、大いに元気が出て来たと感じている。

理系・文系を分けることがおかしい

教育問題がさまざまに取りあげられている。産業界の立場からは、理科教育の問題に注目している。多くの指標から、日本の子供の理科の能力が低下してきていることは明らかだ。これは学校だけでなく家庭の問題でもあり、また社会一般の大人にも責任がある。人口減少が現実になった今、これでいいのだろうか。

全世界の高校生を対象とした「国際科学オリンピック」という競技がある。数学・物理・化学・生物学・情報の5科目で上位を競う。どの科目も1位は中国で、しかも満点に近い。日本は7位が最高だ。

中国ではこの科学オリンピックについて、地方自治体のレベルでも自国の成績を話題にしているが、日本ではこうした話はほとんど聞かれない。参加者や関係者も、これまでボランティア的にかかわってきただけだ。それでは好成績を期待するのも無理というものだ。

09年には国際生物学オリンピックが茨城県つくば市で開かれる予定だ。これを機にもう少し日本の成績を上げたい。まず参加する高校生の母集団を増やさなければならないと思う。

そのためには何より、大人がもっと科学に関心を持つことだ。学校のニュースというと、盗みやいじめ問題ばかりが取りあげられるが、もっと科学の重要性も思い出してもらいたい。日本は平和だが、世界が皆、そうなのではない。厳しい競争があり、優れた人材もいる。日本でも、科学を育てる国民的な合意があるべきではないか。科学雑誌が相次いで廃刊になるような日本の現状は残念だ。

日本は、なぜか理系・文系の区別にうるさい。本当はそんなものは関係ない。大学時代のほんの数年間の経験で一生の理系・文系を分けてしまうのは、そもそもおかしい。中国の政界トップは理系出身者が多い。欧米でも、たとえばドイツのメルケル首相は物理学博士でもある。

科学的な思考法は理系・文系にかかわらず必要であり、それを子供の時代に教えるのが理科だ。日本学術会議では子供の現状を「理科離れ」ではなく「学習離れ」と言っているのだそうだ。読み書きソロバンすべてを子供がやらなくなっているとすれば問題だ。

自分の周囲を見ても、子供はゲームばかりしている。少し日本は便利になりすぎたかも知れない。あれほど高度なゲーム機が各家庭にあるのは日本の外では聞いたことがない。

もちろんゲームが悪いのではなく、基本はしつけの問題だ。読み書きソロバンを子供にさせるのは親の責任だ。もう少し子供が、勉強に励むことを当たり前にしないといけない。

勉強の仕方も昔とは変えなければならないだろう。世の中が急速に進歩して、昔よりも勉強すること、覚えなければならないことが増えてしまった。昔と同じように勉強していたのでは追いつかない。もっと整理した教え方、勉強の仕方を考える必要がある。

科学技術を教科書だけでなく、実物で見せることも大事だ。モノを見ないと本当の感動は覚えないものだ。

大学の先生の話を聞くと、今の大学は最初に高校教育のやり直しから始めるのだという。そして大学院の修士課程は、本来なら大学の後期にしていた勉強をしていると聞く。修士が、昔の学部の卒業生と同じでは困ってしまう。中国や韓国の学生は、日本とは明らかに目の色が違う。勉強に対する必死さが違うのだ。

考えてみれば日本では昔、企業は内定をそんなに早く出さなかった。私が日立製作所から内定をもらったのは卒業の直前で、「ダメなら他に行くか」と考えていた時だった。それが今のように早くから採用内定を出していたのでは、学生が勉強しなくなるのも当然かも知れない。この点は産業界も反省すべきだろう。

人情や人間性は地方へ行って感じる

安倍晋三首相の提唱する「美しい国、日本」の具体化を考える『「美しい国づくり」企画会議』に産業界代表として参加している。平山郁夫座長(日本画家)や荻野アンナさん(作家)はじめそうそうたる文化人の中にあっていつもと勝手が違うが、考えさせられることも多い。

「美しい国」に対する首相の思いは、素直に理解すればいいと思う。日本という国は風景などの自然でも人間性でも、素晴らしいものを持っている。日本の美風を生かし、広めていくことは、この国に生まれた我々にとって自然なことだ。

メーカーの立場からすれば、モノづくりによって自分の価値を生かせる国が「美しい国」であり、それが日本の特徴だと考える。

私が日立製作所を志したのは、大学4年生の実習で行った日立工場の先輩の影響だ。「日立では好きなことをやればいいんだ」という先輩に惚(ほ)れたようなものだ。先輩とはありがたいもので、入社後にも多くのことを教わった。きちんと計算もせずに「これで動くだろう」という“だろう設計”、「なんとか動いてくれ」という“お祈り設計”は厳しくとがめられた。

「正直たれ」という日立の精神も受け継いだ。失敗をしたら正直に上長と顧客に話をする。叱(しか)られるのは当然だが、それで失敗を繰り返さないようになる。こうした美風を次の世代に伝えていきたいと思う。

「美しい国」とは過去を振り返って、こういうところは残しておきたいと思うことをきちんとやる。さらにこうありたいと思うことを実現努力しようということだ。突き詰めればそれだけであり、なにも人間を型にはめようというわけではない。今の企画会議委員の顔ぶれを見れば、それは分かってもらえるだろうと思う。

「美しい国」を目指すことは、同時に地域格差の問題の解決にもなるだろう。東京だけが「美しい国」ではない。地方には自然の美がある。人情や人間性は地方へ行って感じることの方が多い。日ごろスポットライトの当たらないことを黙々とやっている方々を、もっと取り上げるべきだと思っている。

ソフトウエア関連の産業にとっては地方展開がチャンスである。少子化時代だから、生まれた家から仕事に通いたいという人も多いだろう。地域に適した産業の展開が大切だ。

地域の産業を生むには地域ごとに産官学の連携に取り組むべきだ。それも都会のマネではなく、地域の特色が生かされていなければダメだ。私は生まれ故郷の高田(新潟県上越市)の産業振興アドバイザーを引き受けているが、いつもそう意見をしている。

新潟県は、04年の中越地震で大きな被害を受けた。震災後、私は母校の高校で講演して「こういう時こそ科学技術が重要だ」と若い人に説いた。地震の被害をどう防げばいいか。いかに地震の発生を予測するか。あるいは地震が起きてから災害になるまでの時間をいかに遅らせるか。人類が取り組むべき課題は無数にある。

新潟県人は我慢強い。私が子供のころ、故郷の高田の町は冬になると3メートルの雪に埋まった。そうなると頭のぶつかりそうな雪のトンネルの下で行き来するか、二階の窓から出入りしなければならない。

もちろん、エアコンも使い捨てカイロもない。そういう我慢をしていても、必ず春はやってくると身をもって覚えた。こういう原体験も人間形成に役に立っているだろう。

もっとも最近は高田の町も雪は昔ほど降らないし、除雪の技術が発達して埋もれることはめったにないようだ。技術の恩恵で結構だとも言えるし、地球温暖化のせいかも知れない。

妙高山(新潟・長野県境)を見上げると、いつも「ああ、いい所に生まれた」と思う。そういうお国自慢や生まれた国を愛することは自然だし、「美しい国」という思いも、その中にあるはずだ。

COMMENT

明豊
デジタルメディア局
局長

自分が本格的に電機担当の記者になったのは2002年、08年からはキャップとして日立の経営を見るようになった。庄山さんとは社長、会長、相談役とさまざま立場で接しさせて頂いた。社長後継指名は古川(のちのNEDO理事長)さん。同期の中西さんは子会社に出されたが、その後、巨額赤字による経営体制の刷新で日立本社に復帰、社長を経て今は経団連会長になった。経営トップの実績はタイミングによって大きく左右される。庄山さんが社長・会長時代の投資や戦略は成功したとは言い難い。それでも、それまでの日立の「社長像」を大きく変えたのは間違いない。それ以前の日立のトップといえば重厚長大の重電畑出身、社員でも近寄りがたい存在だった。庄山さんは人柄もあるが記者に気さくに声をかけて下さって、夜自宅に取材に行くと、奥様が「今、お風呂に入っているので後から電話させます」と言って、必ず電話を返して下さった。少しでも「美しい国」になっていくことを見届けていて下さい。

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