新型コロナから考える「グローバル化」と「世界村」
新型コロナウイルス(COVID―19)の感染経路不明者の増加を受け、とうとう日本でも7日夕刻に新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が出され、7都府県で1カ月間の緊急事態措置が講じられることとなった。
確認された感染者数が4月に入るまでは他国に比べて低い水準で推移していたため、切迫感がそれほどでもなかった日本であるが、ヨーロッパや米国でも2月までは東アジアの感染症で、自分たちには関係ないと高をくくっていたふしがある。
仮に感染拡大による直接的な影響がなくとも、サプライチェーンの寸断や最終需要の減少などを通じ、特定地域の感染症も間接的に世界に大きな悪影響をもたらす。
良くも悪くもグローバル化した経済下では対岸の火事はありえない。昔のいわゆる「村八分」でも、火事に対してだけは仲間はずれにせず、協力して消火活動にあたっていたという。
世界各国間、あるいは各国内ではいろいろな対立や思惑があるにせよ、COVID―19のような緊急事態に対しては、世界「村」がパートナーシップを強化し、一致団結して対応するのが得策である。
現時点では、日本も含め、世界各国は自国内での感染拡大の抑制に注力せざるを得ない状況だが、いずれ、ある程度制御可能となった暁には、今度は感染症の動向の監視すら十分にできず、まして、医療体制も不十分な国や地域でのCOVID―19の抑制を支援する必要がある。
人にしか感染せず、感染すれば発症する天然痘は効果的なワクチンと国際的な協調によって抑え込まれ、世界保健機関(WHO)は1980年に根絶宣言を出すことができた。
しかしながら、COVID―19は元々動物由来であり、動物にも感染するため、たとえ世界のすべての人々が2週間や1カ月、家に引きこもって他人との接触を避けたとしても、天然痘のように、地球上からきれいさっぱりなくなってしまうとは考えにくい。
多国間主義に基づき情報共有
世界のどこかの地域でCOVID―19が蔓延(まんえん)していると、すぐにまた他の地域に感染が拡大する恐れが高くなる。各国・各地域の利己的な観点からも、COVID―19対策から取り残される地域を作らない方が良い。まさに「情けは人の為ならず」である。
例えば、とりあえず1年延期とされた東京オリンピック・パラリンピックだが、来年の年明けまでに日本では感染拡大が収束し、今年の1月のような日常生活に戻れたとする。しかし、その時点で世界のどこかにCOVID―19と戦っている地域が残っていて、まだまだ多くの感染者が死亡しているような状況だったらどうなるだろうか。
感染地域を抱える国や地域からの参加は拒否し、新たな感染者が1カ月以上出ていない国や地域からのアスリートだけで開催する、といった対応は、オリンピック・パラリンピックの精神に沿うものではないだろう。世界全体での抑え込みに日本からも貢献せざるを得ない。
グローバル化には、他国の巻き添えになるというデメリットだけではなく、他国の試行錯誤の結果を他山の石として自国の政策に生かせる、というメリットもある。
COVID―19対策でも多国間主義に基づく情報共有が大いに役立っているはずである。
【略歴】おき・たいかん 87年(昭62)東京大学工学部卒業、93年工学博士、気象予報士。同大生産技術研究所助教授、文部科学省大学共同利用機関・総合地球環境学研究所助教授などを経て、06年東大教授。16年10月より国際連合大学上級副学長、国際連合事務次長補も務める。水文学部門で日本人初のアメリカ地球物理学連合(AGU)フェロー(14年)。