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《ソニー編》ザ・インタビュー#1 話題の「FES Watch」は変革への狼煙

プロジェクトリーダー・杉上雄紀氏が語る誕生秘話「アイデアのネタ帳はパワポ300ページになった」

社長にゴーサインをもらうために会うことを考えた


 ーそのアイデアを社内の人に話したのはいつですか。
 「社内の研究開発部門で電子ペーパー技術をやっているのは知っていました。電子ペーパーを紙ではなくて柄の変わる布地という観点で、いろんなアイテムを作っていくと、あの業界に入っていけるのではないか、そこからファッションで何かできるのではないかと思っていました」

 「でもまだテレビ事業の仕事をしていて、本当にアイデアを思いついただけという感じですね。日頃からネタ帳を貯めている中に2つ、3つこれはいつかやれたらな、というのがあるんです。ファッションのデジタル化はトップ3のうちの一つでした」

 「社内の人に話したのは東京ゲームショーから1年後くらいです。2013年に自分が所属するホームエンターテインメント部門で、アイデアを募集するボトムアップイベントがあって、テーマは自由でなんでもあり。じゃ、今まで貯めてきたアイデアをこの機会に出してみようと思って、周りに『こういうのを出そうと思うんだけど』と相談しました。同じ事業部の人、昔一緒に仕事をしたことがあるデザイナー、小耳にはさんで面白そうだと参加してくれたウォークマンの部門の人と一緒にコンテストに参加しました。それがFES Watchの始まりです」

 ーコンテストで受賞はしたんですか。
 「計2回コンテストに出したんですけど、1回目は受賞できなかったんです。それでチームのメンバーも忙しくなって、一度解散しました。でもアイデア自体はやってみて面白かったので何とか続けたいと。自分はボトムアップイベントの運営側もやっていました。2回目のコンテストは運営を一緒にしていた人たちが仲間に加わってくれました」

 「1年目はプロトタイプが全然作れなかったんですが、2年目は電子ペーパーの仕事をやっている人たちも入ってくれて、受賞することができたんです。それが2014年の1月。でもまだその時点では、今、僕たちがいる新規事業創出部はありませんでした」

 「君たちのアイデアは面白い。そのままにしないから」(平井社長)

 ーそこから事業化への道程は。
 「ちょっと話は戻るんですが、『電子ペーパーでファッションアイテム作る』というアイデアを実現させるとしたらどうすればいいか考えたんです。そして、究極には社長の平井(一夫)から『やろう!』と言ってもらう必要があるわな、と。平井にゴーサインを出してもらうにはまず会わないといけない。会うにはどうすればいいか。アイデアコンテストに出して、受賞すれば会えるかな、と考えてアイデアコンテストで受賞を狙って活動していました」

 「2回目に出た時のメンバーの一人が、コンテストを立ち上げた人で、その件で一度、平井に会う機会があったんです。エレベータピッチで、興味を持ってもらって、秘書の方に平井が『30分時間をアレンジしてくれ』と言ってくれ、1カ月半後に会うことができた。それが2013年の12月」

 「そこから受賞して14年の1月にまた会ったら、『君たちのアイデアは面白いし、そのままにしないからちょっと待っててくれ』と言われたんです。『そのままにしない?』って何が起こるのかと思っていたら、新規事業創出部というのができると。『やってみるか?』と言われ、『はい、やります!』という感じでした。平井は性格も明るいし、新しいことが好き。やりたがっている人には耳を傾けてくれる。それで4月から今の部署です」

 ーチームのメンバーはいろいろな部門に所属しています。人を引き抜かれることに抵抗するケースもあったりしますが。
 「異動自体はスムーズでした。平井などマネジメントの意向もあったし、私のホームエンタテインメント部門も新しいチャレンジにはポジティブで、『がんばれよ!』と送り出してくれました。他のメンバーもこのアイデアを仕事でやりたいと思って活動してきたので全員が新しい部署に移りました。ボトムアップイベントに出て賞もとっていたので、社内でも初耳ではなかった点もプラスだったと思います」
<プロフィル>
 杉上雄紀(すぎうえ・ゆうき)
 1982年8月生まれ、東京都出身。2008年東京大学大学院工学系研究科を卒業後、同年ソニー(株)入社、ホームエンタテインメント部門へ配属。テレビと連携するスマホアプリや新規商品の開発に携わる一方、ボトムアップの部門内アイデアコンテストのスタッフとして精力的に活動する。
 “デジタル化でファッションをもっと自由にもっと楽しく”をビジョンに掲げ、電子ペーパーを紙ではなく布として捉えて柄の変わるファッションアイテムを作るというデジタル・ファッション事業を発案し、2013年より有志を集めて業務外での活動を本格化。2014年4月に設立された新規事業創出部にて社内スタートアップFashion Entertainmentsとして活動を開始し、事業開発に邁進中。2015年7月より、First Flightにて第一弾商品である柄が変わる時計FES Watchの販売予約を開始している。
 (ニュースイッチ編集部、取材協力=トーマツベンチャーサポート)
 ※2回目は10月2日(金)に公開予定
本田知行
本田知行 Honda Tomoyuki バカン
 新規事業における原体験の重要性。インタビューを通じて杉上さんに抱いた印象は、そのパワフルさでした。FES Watchを事業として進めるために、社内の決裁をとるために、平井社長に突撃し、エレベーターピッチで面談の時間を確保する下りです。皆さんもなぜ、なぜこんなにも推進力があるのかと感じたのではないでしょうか。  それは原体験にあるのではないでしょうか。我々もイノベーションについて調査や相談をいただくことがありますが、社内イノベーターの多くは原体験を持っています。杉上氏が危篤状態に陥った時に、人生を振り返って”エンターテイメント”で恩返しがしたい!と思ったという原体験があったからこそ、先延ばしにせず諦めず、事業遂行のためにアクセルを全力で踏めるのではないでしょうか。  我々も、社内で原体験ワークショップを行い、各人が本当にやりたいことは何か?を相互理解するようにしています。

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