次世代スパコン「富岳」への期待
計算シミュレーションを用いた材料開発が産業界に着実に浸透している。第一原理計算と呼ばれる計算科学的手法は、材料を構成する原子の種類と配列に立ち返り、量子力学に基づいた方程式を解いて材料特性を予測する。これに人工知能(AI)・データ科学を組み合わせた研究手法が材料開発に変革をもたらしつつある。
第一原理計算の特長は対象が特定の材料系に限られないことで、有機、無機材料に広く適用できる。また、入力パラメーターには実験による情報が不要なので、未知物質や新規材料への適用が可能である。このような量子シミュレーションは過去数十年間の研究を経て、近年の「京」コンピューターに代表されるハードウエアの改良、汎用ソフトウエアの整備、計算手法の基礎理論の発展が相まって、急速な広がりを見せている。学術分野では関連論文が毎年1万本以上発表され、それと比例して特許も増加している。
【高性能永久磁石】
産業技術総合研究所(産総研)は、国内最大級の計算材料科学の研究組織「機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター」を抱え、ハブ拠点としてスパコンを用いた材料開発を先導している。その対象には電池、誘電体、光学材料など各種機能材料が含まれる。その一つが電動車の駆動モーターや風力発電機などに使用される高性能永久磁石である。高性能永久磁石はレアアースを含むため元素戦略上の課題も抱えており、性能、耐熱性、資源リスクなどの諸要因を考慮した利用環境対応型の材料設計が要求される。
産総研も参画する文部科学省・元素戦略プロジェクトでは、計算、計測、材料プロセスの連携により、世界最強のネオジム磁石の主相(主成分の化合物)を超える磁気特性の新化合物を提案し、その薄膜の作製技術を開発した。しかし、実際に使用するには、さまざまな置換元素や添加元素を加えて材料として作り込む必要がある。
【AIとの融合】
課題の一つはプロトタイプ物質に対する置換元素や添加元素の膨大な数の組み合わせから、最適な組成と構造を決定することである。この問題に対応するため、AI・データ科学を活用した計算技術を開発してきた。
さらに2021年頃には「京」の後継機「富岳」が供用開始予定で、網羅的な第一原理計算が大きく進展すると期待される。「富岳」とAIの融合によって材料開発をどこまで加速できるか、新たな挑戦を楽しみにしている。
◇産総研 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター 多階層第一原理計算手法開発チーム 研究チーム長 三宅隆 大阪府箕面市出身。物理学、物質科学を専門とし、計算科学を用いた材料研究を行っている。産業界の課題には科学としても面白い問題が多く含まれており、基礎理論の研究から出発した材料開発に取り組んでいる。