剣道の相手は自分自身、VRはスポーツ指導で生きる
先端技術に頼らなくても現場でできることは多い。体育教育を研究する東京学芸大学の奥村基生准教授はMistletoe Japan(ミスルトウ、金沢市)と仮想現実(VR)の教育応用研究を進めている。テーマは剣道だ。
剣道は対人の攻防一体型競技だ。攻めと守りの順番交代はなく、攻めながら守り、守りつつ攻める。竹刀剣先の速度は眼球運動を超える。相手の動きを見て考えていては情報処理も体の反応も追いつかない。技や対処を体に覚えさせる必要がある。
そこで奥村准教授らは自身の所作を撮影し、相手の視点で自分の打ち込みを体験した。市販の二眼カメラを頬に付け、その上から面をかぶってVR映像を撮影。ヘッド・マウント・ディスプレー(HMD)で確認すると、自覚していなかったくせに気が付く。鏡やビデオと違い、体験として頭に入る。言葉では伝わらなかった細かな所作が伝わる。
剣道以外にも用途は広い。奥村准教授は「バレーボールのスパイクでジャンプするタイミング練習は最適なテーマの一つ。習い始めは自身の跳躍最高到達点と打点を合わせるのに苦労する」と説明する。
VRはエンターテインメントにも転用しやすい。野球のメジャーリーガーが投げるボールを体験したり、ボクシングの世界王者に殴られてみたりと、スター選手のVR体験はニーズがある。スロー再生から徐々にスピードを上げて通常に戻す過程で目を慣らしたり、あえて加速再生して負荷を上げたりするゲームやトレーニングも提案されている。
現在は体験の再生のみで、かけひきのある訓練はできない。それでも奥村准教授は「対人競技にとって相手との相性は大きい。試合の前にVRで対戦相手を分析できれば、試験の問題を事前に手に入れるようなもの。トップ選手では訓練映像の流出など、情報管理問題に発展しかねない」と指摘する。
奥村准教授は「スポーツ指導者はついつい自分のやり方を教えてしまう。だがレベルが上がるほど他人には教えられなくなる。プレースタイルや身体能力は人によって違う。選手が学び取る環境やテーマを整えるのが指導者の仕事だ」と強調する。二眼カメラは中国Insta360製の「EVO」を採用。これは4万円強で売られている。先端技術に頼らなくても、市販品でスポーツ学習の可能性は広げられる。自身を客観視して、できないことをできるようにする。この成功体験はスポーツに限らない自信になる。