プレゼンの上達には自分と相手を「見つめる力」が欠かせない
プレゼンテーションはビジネスパーソンが社内の決裁を取ったり、取引先にサービスを提案したりする際に欠かせないスキルだ。どうすれば相手に伝わるプレゼンができるか。ソフトバンクの社員時代には孫正義さんのプレゼン資料作成にも携わり、「社内プレゼンの資料作成術」などの著書を持つ書家・プレゼンクリエイターの前田鎌利さんにポイントを聞いた。(聞き手・葭本隆太)
<“念い”を持とう>
―ビジネスパーソンがプレゼンする際に最も大切にすべきことを教えてください。
伝えたいこととターゲットの明確化だ。自社の企業理念を腹落ちさせた上で(営業プレゼンであれば)なぜその商品を相手に提案するのかについて(しっかりと自分の中にある強い気持ちである)「念い(おもい)」を持つことが大事。プレゼンのテクニックが身についていても念いのないスカスカの中身では響かない。また、対象が50代の上司と20代の取引先担当者では伝え方を変えなくてはいけない。相手の立場で考えて内容を構成する必要がある。
―「念い」はどうすれば持てますか。
大事なのは自分を見つめること。なぜ自分はその会社で働くのか、入社前には考えるだろうが、日々の仕事に忙殺される間に忘れてしまう。そうならないためには、自分のことを考える癖が必要になる。例えば自分の子どもに対して何をなぜ伝えるべきかなど、プライベートでも日々考える習慣を持っているとビジネスの現場でもできるようになる。
―相手によって伝え方を変える際の方法を教えてください。
まずは相手をよく観察してロジカルか感覚的かなどのタイプを知ること。ロジカルな上司に「頑張ります」と熱意を伝えても効果的ではなく、具体的な数字による説明がより重要になる。タイプは相手の行動を基に(思考行動特性を4タイプに分類する)「ハーマンモデル」で当てをつければよい。
一方で相手を深く知るためには普段から頻繁に対話することが大事だ。日本人は(社内でも)具体的な案件がないとなかなかコミュニケーションを取らないが、プレゼンが通りやすい人は絶えずコミュニケーションをとっている。
―普段からのコミュニケーションが取りにくい相手を対象に行う社外プレゼンですと難しそうです。
社外の人のタイプを知るためには(初めて会った時から)絶えず(対話の)ジャブを打ち続けることだ。「どんな話し方か」「目を見て話すか」「雑談が好きか」などを観察して(タイプを)考察する経験を積み重ねていくと、タイプが分かってくる。(ジャブを打つきっかけとしては)自己紹介が大事なポイントになる。相手の名前の由来を聞くでもいい。名刺以外の情報を知りたいと相手に伝えれば皆うれしいと感じる。私は名刺に好きな言葉を手書きするとよいと伝えている。個性が出る手書きの文字を相手に示したり、その文字を選んだ理由を伝えたりすると(ジャブを打つ)きっかけになる。
<ビジュアルで感情を動かす>
―プレゼン資料の作り方で大事なポイントはどこですか。
たくさん詰め込みすぎないことだ。詰め込むと内容が発散し、脱線して伝えたいことが伝わらず(社内の決裁を仰ぐようなプレゼンであれば)承認されずに終わる。私は(社内プレゼンの場合の)資料は5―9枚を推奨している。また、1枚のスライドも理解に20秒以上かかると思考が止まって眠くなるので、情報を盛り込みすぎてはいけない。特に日本企業はプレゼン後にQ&Aが用意されていて、そこで質問に正確に回答できると信頼が勝ち取れる。(質問を誘いこむような)余白は大事になる。
―シンプルにするための内容の取捨選択が難しいです。
どれが意思決定に必要なデータかなどを相手の立場に立って考えて選ぶ必要がある。ただ、説明はなるべくシンプルな資料で行うが、Q&Aではどんな内容を聞かれたとしても答えられるようにアペンディックスを充実させることも重要になる。
―社外プレゼンの資料で特に意識すべきポイントはありますか。
相手に自分事と認識してもらえるように感情を動かすデザインが大事だ。その方法としてはビジュアルの活用がある。例えば、中堅社員のやる気が低下しているという課題を伝える場合、文字で説明するよりも頭を抱えている30代社員のイメージ写真を示すと、相手の頭の中で自社の社員に変換される。その上で理由として「やりがいが持てない」や「給料が少ない」などのキーワードを示す。それに一つでも当てはまれば自分事にさせられる。
―ビジュアルの活用としてはアニメーションも効果的ですか。
使いすぎは禁物だが、社外プレゼンで共感を得たり、飽きさせなかったりする方法としては有効だ。社内向けでも(社員の士気を高める必要がある)キックオフミーティングや新規事業提案のプレゼンでは使うとよい。社外の人の共感を呼ぶプレゼンツールとしては、今後わかりやすい動画が入っていくと思う。
―プレゼン資料作りは凝りすぎてしまう人もいます。
1枚のスライドは15分以内で作るといったルールを決めることは大事だ。また、まず全体のラフを作り、それぞれのスライドにタイトルをつけてから1枚の中身に入っていかないとなかなかゴールにたどり着かない。
プレゼンはツールに過ぎない。資料作成に時間を割きすぎるのはあまり建設的ではない。それよりも速く作って伝えて結果をもらって行動する方が利益につながる。
―プレゼン資料のフォーマットはパワーポイントを使っている企業が多いと思いますが、米アマゾンでは社内プレゼンでそれを禁止し、文章形式1枚の資料で行うと聞きます。
外資系のグローバル企業はプレゼン資料に書いてあることがすべてだと認識されるので、(たくさんの内容が盛り込める)文章形式が向く。日本企業は書いていないことについて質問され、答えて信頼を得る。その文化の違いがある。もちろん、外資系企業に対してプレゼンする場合はそうした違いを踏まえて資料を作る必要がある。
<プレゼンで新しい挑戦を>
―2018年12月にプレゼンテーション協会を立ち上げられましたが、その狙いを教えてください。
日本のプレゼン力を底上げしたいと思って立ち上げた。これまで(研修などを通して)約600社・2万人程度にプレゼン術を伝えてきたが、一人では伝えられる限界がある。企業からは「プレゼン術を教える人は育てられないため自走力がない」といった声も上がっており、そうした課題を補完するために作った。2020年2月には大学校を始め、自社でプレゼン術を教えられる人材を育てる。受講者のプレゼン能力に応じた資格を認定する検定も行う。加盟社は現在の約30社から100社まで増やしたい。
―なぜ、プレゼン力を高めたいと考えているのですか。
ビジネスパーソンには与えられた仕事をこなすだけでなく、自ら考えて新しい挑戦をしてほしいからだ。高いプレゼン力を(ビジネスパーソンに)持たせられれば、自分が本当にやりたいことを考えて新規事業として提案しようという気持ちを呼び起こせる。新しい事業が生まれて企業が成長すれば、日本の成長にもつながる。
【略歴】書家・プレゼンテーションクリエイター。1973年福井県生まれ。東京学芸大学教育学部書道家卒業。5歳から書を始め、独立書家として活動しながらVodafoneやソフトバンクなどに従事。孫正義氏のプレゼン資料作成にも携わり、プレゼンスキルはソフトバンク社内プレゼン研修プログラムとして採用された後に書籍化され、プレゼンの定番書になった。13年にソフトバンクを退社し、独立。18年に一般社団法人プレゼンテーション協会を設立。著書に「社内プレゼンの資料作成術」(ダイヤモンド社)「ミニマム・プレゼンテーション」(すばる舎)など