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「うつ」は「炎症」の一症状という 免疫精神医学の新しい考え方

<情報工場 「読学」のススメ#70>『「うつ」は炎症で起きる』(エドワード・ブルモア 著/藤井 良江 訳)
「うつ」は「炎症」の一症状という 免疫精神医学の新しい考え方

写真はイメージ

**休養を決めたお笑い芸人の“心の病”の原因は「手術のストレス」か
 今月の初め頃、何気なくニュースサイトをブラウズしていると、お笑いトリオのメンバーが「うつ病」にかかり、約2カ月間の休養に入る、という芸能ニュースが目に飛び込んできた。

 「ああ、テレビではいつでも明るく振舞っているお笑い芸人でも、ストレスとかいろいろあるのだろうな」と思いながら記事を読むと、なんでも頚椎の椎間板ヘルニアの手術による「侵襲(しんしゅう)」で、うつ病を発症したのだという。

 「侵襲」というのは、不勉強ゆえ初めて目にしたのだが、外科手術や感染、中毒など生体の恒常性を乱す外部からの刺激を総称する言葉らしい。要は、手術で、日常生活ではあまりない何らかの負荷が体にかかり、そのせいで「うつ病」になったということだろう。他のサイトも見てみたのだが、「手術がストレスになり発症した」という主旨の説明が多かった。

 ここで「炎症」というキーワードがすぐに頭に浮かんだのは、『「うつ」は炎症で起きる』(草思社)という本を読んだばかりだったからだ。

 一個人の病気に関することであり、ネットニュースだけでは詳しい病状や手術の内容や経過が不明なので、ここで軽々にあれこれ言うのは避けたい。しかし、英国ケンブリッジ大学精神医学科長を務めるエドワード・ブルモア医師が著した同書の中に、このケースとよく似た著者自身の経験が記されているのだ。

 ブルモア医師は数年前のある日、奥歯の古い詰め物が腐り、細菌に感染した。歯医者にみせたところ、歯根の奥までドリルで穴を開ける治療を受けることになる。当日、治療中は元気だったという。ところが、すべて終わった途端、急激に気分が落ち込む。家に帰り一人になると、眠りにつくまで、延々と「死」について思いをめぐらせていたという。

 翌朝、ほの暗い思いは消えており、「軽いうつ症状だった」と自己診断をする。加えて、歯医者にかかるようになり「自分ももう歳だ」と思い、死を連想するほど落ち込んだ、と、当初はうつの原因を推測した。

 だがその後、ブルモア医師は別の因果関係に思い至る。治療前の彼の歯肉は炎症を起こしており、歯科医師がガリガリ削ることで、一時的に悪化。その時点で細菌が血流に広がるリスクが高まった。そして、そのことが、つまり歯肉の炎症が“直接”うつ症状の原因になったという推理だ。

 ブルモア医師によると、この炎症と「うつ」との関係性は、近年、免疫精神医学と呼ばれる新しい医学領域で明らかにされてきた。20年以上にわたる疫学調査や実験の結果、ストレスなどの「心」へのダメージが、直接うつを発症させるのではなく、炎症という「体」の現象が「心の病」を引き起こす証拠(エビデンス)がいくつも見つかっているそうだ。

 詳しいメカニズムは同書を参照していただきたいのだが、要は、うつは脳の炎症反応だということだ。ここで「どうもピンと来ない」という人がいるとすると、同書によれば、それは「心身二元論」にとらわれているからだ。心身二元論というのは、17世紀フランスの哲学者ルネ・デカルトが最初に提唱したもので、ざっくり言うと「心は心で、体は体」。人間には身体と精神という二つの領域があり、両者はつながっていない、とする考え方だ。

 ところが近年は、デカルトの発想とは異なり、精神と身体は「つながっている」と考えた方が、科学的に納得がいくケースが増えている。
 

「炎症→ストレス→うつ」ではなく「ストレス→炎症→うつ」


『「うつ」は炎症で起きる』の内容に照らし合わせると、冒頭のお笑い芸人のうつ病は、手術のストレスが「心」を痛めつけた結果とは限らないことになる。手術の過程で体に炎症反応があり、それがうつの原因になった可能性もあるのだ。

 ここで、少しややこしいのだが、ストレスでうつになる、というのは、まったくの間違いというわけではない。実は、身内の不幸などの心理的なストレスが「炎症」の原因になる、という研究結果もあるのだ。

 その「ストレスが原因の炎症」がうつを発症させることも十分考えられる。つまり、「ストレス→炎症→うつ」という因果関係だ。この場合、間に「炎症」を挟んで、間接的にストレスがうつの原因になっている。心と体の関係で言えば「心→体→心」となる。

 私たちは、つい「ストレス→うつ」すなわち「心→心」と考え、炎症(体)を無関係なものと扱う。あるいは「炎症(病気)→ストレス→うつ」(体→心→心)と考える。

 しかし「ストレス→うつ」と決めつけることで、うつ病の医学的治療が難しくなっている面もあるのではないだろうか。

 ブルモア医師は、うつ病の治療において、どんな原因で発症しようとも同じ抗うつ薬が使われてきたことを指摘している。彼は、すべてのうつの原因が「炎症」であると言っているわけではない。炎症が原因ではない「うつ」もある。その場合は従来の抗うつ薬でいいのかもしれない。だが、炎症が原因の場合、効果はあまり期待できない。

 「ストレス→炎症→うつ」の証拠が得られれば、炎症を治療することで、うつ病の症状を抑えられる可能性が高くなる。うつ病の治療に新しい道が開けるのである。

 また、うつの原因の一つに「炎症」があることが一般に広まれば、「うつは甘え」「心の弱い人がうつになる」といった偏見に近い見方が減っていくかもしれない。

 うつの原因が炎症であれば、うつ特有の落ち込みや希死念慮は「体の故障」の症状の一つであり、性格やものの考え方とは関係ない場合がある。そのことが少しでも周囲の人たちに理解されれば、うつ病患者の苦しみも軽減されることだろう。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

                   

『「うつ」は炎症で起きる』
エドワード・ブルモア 著
藤井 良江 訳
草思社
240p 1,600円(税別)
情報工場 「読学」のススメ#70
高橋北斗
高橋北斗 Hokuto Takahashi 情報工場
病気や怪我になると、後悔や自責の気持ちなどが募り、暗い気持ちになりがちだ。しかし、その由来が病気や怪我に伴う「炎症」だとすると、暗い気持ちになるのは、自然な心と体のメカニズムかもしれない。そこで無理をしてポジティブに考えようとすると、余計にストレスを感じるものだ。それよりも、ありのままの気持ちを自分で受け入れて治療に専念する方が、心身ともに回復が早いのかもしれない。

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