文化財、なんでも鑑定!ニッポンの技術力がスゴい
まだ知られていない過去の情報が入手できるかも
世界には美術品や古墳など歴史的に貴重な文化財が多く残されている。文化財が作られた年代や制作方法、素材などを調べることは歴史を正確に知る上で重要になる。そのためには劣化が進む文化財の適切な保存方法や修復技術が必要だ。鑑定士による目視での評価だけでなく科学の力を使って分析すれば、まだ知られていない過去の情報が入手できるかも知れない。歴史の謎を解く科学技術を追った。(文=飯田真美子)
◇文化財の修復:保存や修復に必要な情報を得るため科学的に分析し修復することで、遺物が作られた当時に近い姿を取り戻し、さらに劣化しにくくする。日本では海外と違い、文化財の一部を切り出して分析する手法を行わず、遺物を傷つけない非破壊的な手法で鑑定する。X線や紫外線などの光を当て、その反射光を分析して遺物が作られた年代や場所、塗料の成分などを特定する。日本特有の遺物の修復技術には、他の紙と比べて薄くて強い和紙を使う手法がある。壁画を修復する際に表面に薄く和紙を貼ることで、壁画の表面が剥奪することを防げる。>
古代文明の中でも知名度が高い一方で謎も多い古代エジプト文明。紀元前3000年ごろに始まり多くの建造物が作られた。特に権力者の王の墓は、今でも未知な部分が多い。
名古屋大学の森島邦博特任助教らは、宇宙線の一種「ミュー粒子」を使って、古代エジプトの第4番目の王朝の国王であるクフ王のピラミッド内に長さ30メートル以上の未知の空洞があることを発見した。X線の代わりにミュー粒子を使って、ピラミッドの“医療用X線写真”を撮影し内部構造を解析した。空洞はピラミッド中央部「王の間」に通じる通路「大回廊」の上部の場所に当たるとみられる。
ミュー粒子は厚さ1キロメートルの岩盤を透過するほどの高い透過性に加え岩盤中を直進する性質を持つ。検出器でとらえた粒子の方向を分析することで、ピラミッドのどの場所を粒子が通過したのかが分かる。森島名大特任助教は「文化財だけでなく、溶解炉の内部状態の把握といったプラント診断などに応用したい」と新しい研究手法の応用に期待をかける。
一方、東京芸術大学では、古代エジプトの第18番目の王朝の国王であるツタンカーメン王の墓から出土した遺物を含むエジプトの至宝の調査や移送、保存修復を行うプロジェクトを実施している。2020年に開館予定の大エジプト博物館(GEM)に修復した遺物を納品し、開館に向けた支援をしている。東京芸大の桐野文良教授は「16年11月からの3年間で木製品や染織品、壁画など72点の遺物の修復に取り組んできた」と自信を見せる。科学的な分析で修復に必要な情報を調べている。壁画の亀裂に注入する補強材など、何度か実験を重ね修復で使用する材料を選定した。修復作業が終わりに近づいている遺物も増え、GEMの開館を待つ状態だ。
文化財の修復には多くの科学技術の知見が役立っている。東京芸大の桐野教授らは、文化財の修復に必要な科学的情報を得るための装置を持ち、さまざまな遺物を分析している。
遺物の鑑定は最初に写真撮影をする。赤外線や紫外線、蛍光を発する特殊なモードで撮影することで、光の吸収特性を利用し遺物の汚れの下に隠れている絵や下書きなどが見つかることもある。対象物に光を当て正面ではなく斜めから撮影する側光写真では、遺物の亀裂や凹凸、金属の錆などを見つけられる。
遺物が作られた年代や場所、素材などの調査に重点が置かれている。X線蛍光分析装置はX線を照射して発生する固有の蛍光X線を測定し、遺物を構成する元素の組成や含有量を定量的に分析する。得られた元素の情報から測定した文化財の情報を推測できる。また微小部X線装置という特定の領域に限定してX線を当てられる装置を使えば、微細な遺物の分析が可能だ。
分析作業は現地で行うことが多く、装置の小型化が望まれる。オリンパスではポータブル型のX線蛍光分析装置を開発。試料に直接X線照射窓を押し当てるだけで測定できる。青銅器などの合金や絵画の組成分析などに使われる。頑丈性や防塵、防水にも優れ、測定時間も3秒程度と高速。空気中の測定感度は大型の装置とほぼ同レベルだ。
遺物の持つ色合いは塗料の成分や制作からの年月、環境などで変わる。色差計は色合いや明るさ、鮮やかさを組み合わせて遺物の色を数値化する。数値から塗料を調合し、遺物に見合った色合いに仕上がる。桐野教授の研究室では、平等院鳳凰堂(京都府宇治市)の修復時に色差計を利用し、建設当時の色を再現した。
修復には遺物に適した材料を使うことが必要となる。材料の選定に科学分析の技術が役立つ。紫外線を使った分析では照射することで有機物が分解され、強度の低下や変色などの劣化の原因を評価できる。また材料を高温高湿な状態に置き、経時的に材料が劣化する具合を試験できる。
東京芸術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻の桐野文良教授に、文化財を科学的に分析する重要性を聞いた。
―文化財の修復への思いを教えて下さい。
「文化財とは人類が残した遺産。値段が高い安いで評価するべきものではない。歴史を守り、子や孫など後世に伝えることが大切だ。私たちは文化財の医者だと考えている。現場で実践力を高め、修復の技術を伝えたい」
―東京芸大では美術研究科に科学分析の研究室を置いています。
「他大学の工学部と違い、絵画や彫刻などの作品を修復する制作者と一緒に仕事ができることが大きなメリットだ。私たちが作品を科学分析し、得られた情報を制作者に提供することで修復作業が進めやすくなる」
―実際にエジプトで仕事をして日本の強みをどう感じましたか。
「エジプト政府から日本の修復技術が認められたことは大きい。その栄誉としてGEMの展示プレートに日本語が入ることが決まった。今まで積み重ねてきたことのたまもので、継続することの重要性を物語っている」
―今後どのような人材を育てたいですか。
「何年たっても役に立つ人を育てたい。日本という殻に閉じこもらず、世界に出て日本の技術を広めてほしい」
クフ王のピラミッド、「ミュー粒子」で空洞発見
古代文明の中でも知名度が高い一方で謎も多い古代エジプト文明。紀元前3000年ごろに始まり多くの建造物が作られた。特に権力者の王の墓は、今でも未知な部分が多い。
名古屋大学の森島邦博特任助教らは、宇宙線の一種「ミュー粒子」を使って、古代エジプトの第4番目の王朝の国王であるクフ王のピラミッド内に長さ30メートル以上の未知の空洞があることを発見した。X線の代わりにミュー粒子を使って、ピラミッドの“医療用X線写真”を撮影し内部構造を解析した。空洞はピラミッド中央部「王の間」に通じる通路「大回廊」の上部の場所に当たるとみられる。
ミュー粒子は厚さ1キロメートルの岩盤を透過するほどの高い透過性に加え岩盤中を直進する性質を持つ。検出器でとらえた粒子の方向を分析することで、ピラミッドのどの場所を粒子が通過したのかが分かる。森島名大特任助教は「文化財だけでなく、溶解炉の内部状態の把握といったプラント診断などに応用したい」と新しい研究手法の応用に期待をかける。
一方、東京芸術大学では、古代エジプトの第18番目の王朝の国王であるツタンカーメン王の墓から出土した遺物を含むエジプトの至宝の調査や移送、保存修復を行うプロジェクトを実施している。2020年に開館予定の大エジプト博物館(GEM)に修復した遺物を納品し、開館に向けた支援をしている。東京芸大の桐野文良教授は「16年11月からの3年間で木製品や染織品、壁画など72点の遺物の修復に取り組んできた」と自信を見せる。科学的な分析で修復に必要な情報を調べている。壁画の亀裂に注入する補強材など、何度か実験を重ね修復で使用する材料を選定した。修復作業が終わりに近づいている遺物も増え、GEMの開館を待つ状態だ。
遺物修復の情報分析、X線で年代・素材測定
文化財の修復には多くの科学技術の知見が役立っている。東京芸大の桐野教授らは、文化財の修復に必要な科学的情報を得るための装置を持ち、さまざまな遺物を分析している。
遺物の鑑定は最初に写真撮影をする。赤外線や紫外線、蛍光を発する特殊なモードで撮影することで、光の吸収特性を利用し遺物の汚れの下に隠れている絵や下書きなどが見つかることもある。対象物に光を当て正面ではなく斜めから撮影する側光写真では、遺物の亀裂や凹凸、金属の錆などを見つけられる。
遺物が作られた年代や場所、素材などの調査に重点が置かれている。X線蛍光分析装置はX線を照射して発生する固有の蛍光X線を測定し、遺物を構成する元素の組成や含有量を定量的に分析する。得られた元素の情報から測定した文化財の情報を推測できる。また微小部X線装置という特定の領域に限定してX線を当てられる装置を使えば、微細な遺物の分析が可能だ。
分析作業は現地で行うことが多く、装置の小型化が望まれる。オリンパスではポータブル型のX線蛍光分析装置を開発。試料に直接X線照射窓を押し当てるだけで測定できる。青銅器などの合金や絵画の組成分析などに使われる。頑丈性や防塵、防水にも優れ、測定時間も3秒程度と高速。空気中の測定感度は大型の装置とほぼ同レベルだ。
遺物の持つ色合いは塗料の成分や制作からの年月、環境などで変わる。色差計は色合いや明るさ、鮮やかさを組み合わせて遺物の色を数値化する。数値から塗料を調合し、遺物に見合った色合いに仕上がる。桐野教授の研究室では、平等院鳳凰堂(京都府宇治市)の修復時に色差計を利用し、建設当時の色を再現した。
修復には遺物に適した材料を使うことが必要となる。材料の選定に科学分析の技術が役立つ。紫外線を使った分析では照射することで有機物が分解され、強度の低下や変色などの劣化の原因を評価できる。また材料を高温高湿な状態に置き、経時的に材料が劣化する具合を試験できる。
インタビュー/東京芸術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻教授・桐野文良氏
東京芸術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻の桐野文良教授に、文化財を科学的に分析する重要性を聞いた。
―文化財の修復への思いを教えて下さい。
「文化財とは人類が残した遺産。値段が高い安いで評価するべきものではない。歴史を守り、子や孫など後世に伝えることが大切だ。私たちは文化財の医者だと考えている。現場で実践力を高め、修復の技術を伝えたい」
―東京芸大では美術研究科に科学分析の研究室を置いています。
「他大学の工学部と違い、絵画や彫刻などの作品を修復する制作者と一緒に仕事ができることが大きなメリットだ。私たちが作品を科学分析し、得られた情報を制作者に提供することで修復作業が進めやすくなる」
―実際にエジプトで仕事をして日本の強みをどう感じましたか。
「エジプト政府から日本の修復技術が認められたことは大きい。その栄誉としてGEMの展示プレートに日本語が入ることが決まった。今まで積み重ねてきたことのたまもので、継続することの重要性を物語っている」
―今後どのような人材を育てたいですか。
「何年たっても役に立つ人を育てたい。日本という殻に閉じこもらず、世界に出て日本の技術を広めてほしい」
日刊工業新聞2019年8月20日