「はやぶさ2」を成功に導いた津田雄一氏の原点

探査機は“子どもたち”

 小惑星「リュウグウ」へ2回目の着地に無事成功した小惑星探査機「はやぶさ2」。プロジェクトを率いた宇宙航空研究開発機構(JAXA)の津田雄一プロジェクトマネージャは12日の会見で、「100点満点でいうと1000点」と喜びを表した。りゅうぐうへの着陸は2月に続いて2回目だが、今回は4月に人工的に形成したクレーターに着陸したため、太陽光などで風化していない46億年前の貴重なサンプルなどを入手できたとみられる。日刊工業新聞では2015年3月、当時はJAXA宇宙科学研究所の准教授だった津田氏にインタビューしている。全文を再掲載する。

探査機に「魂を吹き込む」


 宇宙を探り、未知の世界を切り開く惑星探査機の研究者。宇宙の目的の場所へ飛行させるには、高度な計算技術や緻密な工学技術、物理学などの知見と経験が欠かせない。小惑星探査機「はやぶさ2」の開発では工学チームを率いるリーダーとして最適なシステムに組み上げる仕事などを担った。

 「惑星探査機は“1品モノ”。設計図面があればできるものではない。一つひとつに人が魂を吹き込んで作り込む」。探査機開発の難しさについてこう強調する。

 子どものころから、モノを作ることが大好きだった。小学校の低学年の時に父親の仕事の関係で米国へ。スペースシャトルを打ち上げるロケット発射場を見学し、宇宙に興味を持った。以来、米惑星探査機「ボイジャー」の打ち上げ、ハレー彗星の大接近など宇宙をめぐる出来事に心を躍らせた。

 学生時代、衛星開発の第1人者である中須賀真一東京大学教授の研究室に入り、世界初となる10センチメートル角の超小型衛星の開発でリーダーを務めた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の職員になってからは、太陽光を受けて航行する宇宙ヨット「イカロス」の開発で手腕を発揮。現在、2014年12月に打ち上げられた「はやぶさ2」の運用に力を注ぐ。「手がけた探査機は、手塩にかけて育ててきた子どもたち」と振り返る。

 はやぶさ2は、18年半ばに水や有機物などが含まれる小惑星「1999JU3」へ到着し、1年半にわたってデータを収集する。採取した試料を20年末に地球へ持ち帰るという一大ミッション。「越えなければならない山はいくつもある」。

 現在、地球から約4000万キロメートルの距離を飛行中で、12月ごろには地球の重力を利用して小惑星に向けて加速する「地球スイングバイ」に入る。その時点で計算された軌道へ投入できるかが最初の関門。「(打ち上げから)地球スイングバイまでの1年間の総飛行距離約10億キロメートルに対して、誤差プラスマイナス10キロメートル以下を狙う」と意気込む。

 探査機は、軌道計算によって最適なコースを割り出すことがポイント。「週単位で軌道予定をチェックして、外れていれば軌道修正のコマンド(命令)を送る」と力を込める。

 休日は自宅のキッチン棚を製作するなど日曜大工に興じる。長丁場の宇宙科学探査と同様、時間と労力を惜しまず、好きなことにはストレスも感じない。
(取材・天野伸一)
JAXAの津田雄一氏

日刊工業新聞2015年3月18日(科学技術・大学)

小川 淳

小川 淳
07月13日
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この記事を書いた故・天野伸一さんは、私の元同僚でした。亡くなる直前まで宇宙担当の記者として、日本の宇宙開発を深い愛情で見つめていました。「はやぶさ2」の快挙をきっと喜んでいることでしょう。

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