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鴻海との交渉を始めた人、嫌がった人、停滞させた人、再開する人

シャープ歴代4社長― 経営再建で「時間はコスト」という自覚はあったか
鴻海との交渉を始めた人、嫌がった人、停滞させた人、再開する人

左上が町田氏、右上は高橋氏。下段は左から片山氏、奥田氏。

 どうやらシャープが台湾・鴻海精密工業と再び提携交渉するようだ。大騒動になってからちょうど丸3年。経営危機が騒がれ始めた時、再建カードが鴻海だった。

 鴻海のトップ、郭台銘(テリー・ゴウ)会長と最初に接触したのが町田勝彦元社長。町田氏の後任である片山幹雄元社長は、液晶事業出身で鴻海との提携に乗り気でなかった。町田氏、片山氏の路線対立から棚ぼたで社長になった奥田隆司氏は、3年前の交渉の渦中にいたが、決定権はほとんど持っていなかった。現在の高橋興三社長を含め、危機後は実質的な銀行管理下で、「経営不在」による時間というコストだけが積み上がってしまった。

 2012年8月に日刊工業新聞で掲載された記事には見通しの甘いシャープ側の発言や、出口のない交渉の状況が的確に書かれている。シャープの経営環境はそこから一段と悪化していく。鴻海のテリー・ゴウ会長はことあるごとに提携へのラブコールを送ってきたが、12年の秋以降、真剣な交渉は行われてこなかった。

 当初、テリー・ゴウ会長のシャープへの接近は、巨大化する韓国サムスン電子への対抗が最大の理由だったが、今、エレクトロニクス業界を取り巻く状況は大きく変わってきている。

 歴代の4人の社長は「今の会社の形」を延命させることがすべてで、将来を見据えた経営再建に取り組んでこなかった。今年5月の中期経営計画の発表時に、液晶事業の分社や外部資本の受け入れを明確に否定した高橋社長。またもや時間というコストを発生させてしまった。今度こそ猶予はない。

3年前の8月から時は止まった


日刊工業新聞2012年8月20日付


 シャープと台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業グループは、両社で進めている資本提携の条件を見直す。3月の提携合意以降、業績不振でシャープの株価が下落したためだ。鴻海はシャープへの出資比率を当初計画より引き上げる意向とされるが、シャープは慎重姿勢を崩さない。ただ、鴻海との提携抜きに経営再建は難しい。主導権を握られる中でいかに「互いの妥協点を見いだす」(シャープ幹部)ことができるか。外堀が埋まる中、交渉はヤマ場を迎える。
 
 シャープと鴻海は3月27日に資本・業務提携を締結。鴻海がシャープ本体に9・9%を出資する予定だ。しかし、発表前日に474円だったシャープの株価は、足元で180円台に低迷。一株当たり550円としている出資条件を見直し、同200円前後に引き下げる公算が大きい。

 シャープは「株の出資は象徴的。外から誤解されないよう、早く最初にやった基本路線を固めていきたい」(幹部)としており、出資比率が会社の解散を裁判所に請求できる10%以上になることに抵抗を示している模様だ。9・9%にこだわるのであれば、鴻海からの調達額が数百億円規模で減額される恐れがある。

 シャープは今期末までに4000億円規模の財務体質改善を計画しており、大型液晶パネルの堺工場(堺市堺区)を鴻海グループなどとの共同運営に切り替え、連結対象から外した。また、第三者割当増資で鴻海から調達する669億円もこの中に含まれており、出資額が減れば、新たな資本増強に迫られる。

 これを補うために、銀行団を引受先とする劣後ローンや、500億円規模の追加増資が検討されると見られる。銀行団は全面支援の構えをみせるが、足元の信用不安を解消する上で、鴻海の要求をのまざるを得ないとの見方が支配的。

 事業の競争力を阻害するリストラはしない

 また、コマーシャルペーパー(CP)の償還や決済資金など短期の資金繰りに関し、1000億―2000億円規模で銀行団が支援する公算が大きい。その上で来年9月に控える2000億円規模の転換社債償還のやりくりを検討することになりそうだ。新たな財務改善策は9月末までに策定する。

 シャープとしては「金融機関との話し合いの中で、最重要課題は事業をいかに収益性のあるものにするかだ」(幹部)と主張しており、リストラは4―6月期決算発表で公表した5000人規模の人員削減などの内容にとどめ、追加を最小限に抑える意向。そのために設備投資の圧縮や有価証券、不動産売却などの自助努力を重ね、鴻海にメキシコ・中国など海外の液晶テレビモジュール工場を売却する方針。
 
 シャープが最もこだわるのは「事業の競争力を阻害するリストラはしない」(同)ということだ。一部では複写機やエアコンの事業売却、中小型液晶の亀山工場(三重県亀山市)の分社化などを検討していると報道されたが、「検討もなく、事実もない。事業収益力を上げていくシナリオにまったく合致しない」(幹部)と強く否定する。

 40年の歴史を持つ複写機などの情報機器部門は、国内外でサービス網を抱え、ここ数年は積極的なM&A(合併・買収)で販路を拡大。海外比率7割と社内で突出する。2013年3月期は売上高2900億円、営業利益率7・6%を予想、BツーB事業の切り札だ。エアコンも事業規模は小さいが、好調な白物家電のけん引役として海外での生産拡大を見据える。

 取引銀行があらゆる事業にメスを入れ、聖域無き構造改革を迫っているのは想像に難くない。しかし、厳しい経営環境の中で、着実に利益を生み出すこれらの“虎の子”を手放してしまえば、シャープが自社で描く再建シナリオは一から練り直しになる。

 「亀山工場は足元苦戦しているが、将来は最も競争力がある工場になる」

 中でも中小型液晶は成長ドライバーの位置づけで「亀山工場は足元苦戦しているが、将来は最も競争力がある工場になる」とシャープ幹部は断言する。現状では米アップルなど特定顧客に偏っているが、液晶に精通する片山幹雄会長をはじめ経営陣も参画してデザインを強化。「確信を持っている」(同)という。

 ただ、赤字を垂れ流す太陽電池など予断を許さない事業も残る。堺市の薄膜太陽電池ラインなど競争力の低い国内工場は今後の活用が課題だ。

 13年3月期に当期損益2500億円の赤字(前年同期は3760億円の赤字)を見込んでいるシャープ。まずは下期に300億円の営業利益を確保する再建シナリオを確かなものにしなければならない。

 「鴻海とはさまざまなレベルで協議しており、テンポは速い。どんどん進んでいる」とシャープ幹部は明かす。秋にも共同開発している中国向けスマートフォン(多機能携帯電話)を市場投入する見込み。限られた時間の中で再建計画を描く中、鴻海の存在感が大きくなっていくのは避けられそうもない。

明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
液晶事業を分社する時点で、どこかスポンサーを見つけるのは当然の流れ。「鴻海一択」ではなく、交渉再開の事実上のアナウンスは産業革新機構なども含めた条件闘争だろう。 前にも何度か指摘したが、3年前の鴻海との提携破談がシャープ再建への最大の分岐点だったと思う。どこかの朝ドラではないが、「逆回転」はもうできない。が、「再生」は可能である。

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