ニュースイッチ

中小・ベンチャーが医療機器“じゃない”製品の開発に力を注ぐ理由

参入の壁を回避
中小・ベンチャーが医療機器“じゃない”製品の開発に力を注ぐ理由

手術効率を高めるシリンジスタンド

 医療現場で使う器具類を製造、販売する中小・ベンチャー企業が出てきている。これは診断や治療に用いる医療機器ではなく、承認を取得するまでの長い時間と労力を要さない。医学と工学の連携、いわゆる医工連携により、医療機器の開発や医療現場への新技術の導入を目指す中小ベンチャー企業にとって、参入の壁を回避するひとつのアプローチといえそうだ。

善大工業 医師と対等、現場を把握/本当に必要なモノを


 善大工業(東京都大田区、福富善大社長、03・6423・6735)は自社製品として「シリンジスタンド」を販売している。手術現場でカテーテル治療をする際、注射器や各種ビーカーなどを使いやすいように配置できる器具だ。ただ、同スタンドは医療機器ではないという。手術の効率を上げるだけで診断や治療に使われるものではない。福富社長は「医師と対等な立場で話し合い、手術室で本当に必要とされているモノを作った。医療機器であるか否かは関係ない」と笑顔をみせる。

 同社は企業や大学などの試作品や実験装置等の設計開発を手がける。福富社長は東京女子医科大学大学院で先端生命医科学研究所先端工学外科学分野の博士課程を修了した。経験を生かし、医療現場で使う機器の開発も多く手がける。さらに、福富社長と同じ研究室に所属していた歯科医師の依頼で、歯科医師が使う双眼ルーペと発光ダイオード(LED)ヘッドライトを接続するキットも開発し、販売している。今や医療現場とモノづくり現場をつなぐパイプ役だ。

歯科医師の依頼で開発した双眼ルーペ・LEDヘッドライト接続キット

 同社は、医療機器ではない器具を作ったことで自社販売を可能にした。競合製品もなく、大手企業と戦う必要もない。臨床試験が不要で、利益を出すまでの期間が短いのもメリットの一つだ。ただ、医療機器ではない器具は、病院としての優先度が低い。現場がほしいと言っても買ってもらいにくい側面はあるという。しかし福富社長は市場に熱い視線を送る。「地方の病院は効率を高める以前に、人手が足りていない。例えば看護師さんの代わりに医師に器具を渡すロボットを入れれば、看護師さんは看護師さんにしかできない仕事に専念できる」と未来を語る。

 医工連携はまだ課題も多い。近年、ニーズと技術を結びつけるべく多くのマッチング会やセミナーが実施されているが、福富社長はマッチング後に課題があると指摘する。「モノづくり企業が便利なモノを作っても、医師が使いこなせるか、本当に必要かはまた別の問題。現場をしっかり把握する必要がある。医師側も開発依頼をしているのではなく、一緒にモノを作っているんだと意識してくれないと、ウィンウィンの関係にはなれない」と警鐘を鳴らす。

手術室で医師に器具を渡すロボットの試作品

freecle 承認、あえて申請せず/聴覚サポート 雑貨で発売


聴覚サポートデバイス「エーブル」のイヤホン型(右)とメガネ型

 製品を投入する際、あえて医療機器市場を避けた企業がある。freecle(東京都文京区、久保聡介社長、050・5241・8456)では、聴覚サポートデバイス「αble(エーブル)」を開発した。音を聞こえやすくするデバイスだが、補聴器ではない。久保社長は「聴力に自信のない人になるべく早く使ってもらいたかった。医療機器として承認申請する時間をとらず、雑貨として発売しようと決めた」と振り返る。

 エーブルはイヤホン型で、周囲の音が拾われてイヤホンから聞こえる仕組み。着けていることが目立たず、着けていることが分かったとしても音楽を聴いている人との違いがない。聴力に自信がないことに気付かれたくない、というニーズを拾った。早ければ9月に発売できる予定だ。

 同時に骨伝導スピーカーを使ったメガネ型のデバイスも開発した。現在メガネメーカーと共同で改良を進めており、メガネとしての使い心地を追求しているという。

「エーブル」は着けていることが目立たず、音楽を聴いている人と違いがない

 同社は医療機器として開発しなかったことで、専門機関の受診を不要にできた。通常、補聴器を購入するには、聴力検査や個人の聴力に合わせた調整などが必要となる。エーブルであれば、スマートフォンのアプリで検査し、調整できる。またアプリでの調整を可能にしたことで、場所に応じて聞こえ方を変えることもできるようになった。

 インターネットをはじめさまざまな流通経路に乗せられるのも大きな武器だ。久保社長は「医療機器として承認されると、認定された工場で作らなければならない。製造工場探しも難航する。雑貨で発売したのは正しい選択だったと感じる」と実感を明かす。当初、医療機器でないと使用者からの信頼が得られないのではという懸念はあった。しかし使用者が実際に重視したのは補聴器かどうかではなく、聞こえやすくなるか否かだった。

 隠れたニーズも発見した。「聴覚にサポートが必要なことを周囲に知られたくない人は、補聴器を敬遠していることが分かった。目立たないサポート器具にしたかった」という。手軽に使える“補聴器ではない補聴製品”で、子どもからお年寄りまで、多くの人の生活をサポートする。

 ビジネスのスピードが年々上がる現代において、開発から発売までの時間差は重要なカギを握る。久保社長は「開発から発売まで3年かかったとして、既にトレンドが変わり、売れなくなっている可能性がある」と指摘。医療機器業界は資金に余裕がない中小・ベンチャー企業が新規参入するには厳しい世界だ。

 特定の企業に固定されがちだった医療機器業界は少しずつ開放され、医工連携につながりつつあるが、具体的な事例はまだ多くない。現場や実情を知ればもっと事業化への近道が見えてくるのかもしれない。
(文=門脇花梨)
スマホのアプリで聞こえ方テストも可能
日刊工業新聞2019年5月2日

編集部のおすすめ